準々決勝で下関国際を後押ししたスタンドのうねり
第104回全国高校野球選手権大会は、絶対的な本命とされた大阪桐蔭が準々決勝で敗退。準優勝した下関国際(山口)の前に涙をのんだ。
各メディアでは「甲子園の魔物」にのまれたという論調も多かった。確かに試合終盤、下関国際を応援するスタンドのうねりは、特別なものがあった。
ムードが変わり始めたのは7回だった。大阪桐蔭がわずか1点リードで終盤へ。7回1死一、二塁と追加点のチャンス。2ボールになったところで西谷浩一監督は打席の大前圭右内野手(3年)に向けて、走者を走らせた上での送りバントのサインを送った。
だが大前のバントは小フライになり、投手の仲井慎(3年)が捕球。二塁、一塁とボールが渡り、またたく間にトリプルプレーとなった。
夏の甲子園では9年ぶり9度目という貴重な三重殺に、場内のボルテージが一気に上がる。何かが起こるのではないか―。下関国際を後押しするようなムードが高まった。
音と視覚による圧迫感
そうして迎えた9回の守り。イニング開始からブラスバンドに合わせて、リズムのいい手拍子が始まった。うちわをたたく客が多かったため、スタンド全体がひらひらとうごめいているように見えた。守る大阪桐蔭の選手からすると、音だけではなく視覚的な圧迫感もあったのではないか。
先頭からの2連打と犠打で1死二、三塁とされると一気に手拍子のボリュームが上がった。一塁側の大阪桐蔭アルプスをのぞく、ほぼ球場全体がリズムを取っていた。
下関国際・坂原秀尚監督(45)は「球場の雰囲気がガラッと変わった。かなりの後押しになった」と振り返った。二塁手の主将、星子天真主将(3年)は「手拍子がすごくて、のまれそうになった」と証言した。
1点差のため当然、内野は前進守備。下関国際の4番、賀谷勇斗内野手(3年)がたたきつけた打球は投手の頭を越え、前に出ていた二遊間の真ん中を転がっていった。強肩の中堅手、海老根優大(3年)が懸命に返球していたが、打球が弱かった分、ホームは間に合わず2者が生還。王者はついに逆転を許した。9回裏の反撃もならず、史上初の3度目の春夏連覇の目標は果たせなかった。
日本人の判官びいき気質?
両チームに何かしらの心理的影響はあったことは確かなようだが、西谷監督も、マウンドの前田悠伍投手(2年)も「こうなるのは分かっていた」と想定内だったことを明かしている。
球場の雰囲気だけで勝敗の行方がひっくり返るほど、野球は簡単なスポーツではない。ただし、逃げる側の緊張、追いかける側の勢いに拍車をかけるような効果はやはり少なからずあるのだろう。
智弁和歌山ブラスバンドの魔曲と呼ばれる「ジョックロック」も、慎重に試合状況とタイミングをはかって奏でられる。魔曲が流れたイニングに得点が入りやすいのも、心理的な効果を狙ってのものだ。
佐賀北が広陵(広島)を大逆転した07年の決勝。日本文理(新潟)が最終回に中京大中京(愛知)を猛烈に追い上げた09年の決勝。そして東邦(愛知)が終盤に7点差をひっくり返し、八戸学院光星(青森)を下した16年の2回戦。いずれも今回と同じような雰囲気があった。
東邦の時にはプロ野球のように、観客がタオルを頭上でぐるぐると回すスタイルで大盛り上がり。9回4点差逆転サヨナラ劇の一因とされた。選手たちも心理的影響を否定しなかった。のちに高野連が自粛を促す事態になった。
日本人の判官びいき気質もあるだろうし、4万人が集まるイベント空間だけに独特の「ノリ」が生じるのは仕方ない。球場全体でのタオル回しなどはプレーの邪魔にもなりかねないだけに、東邦戦はより大きく両校のプレーに影響したと見るのが自然かもしれない。
泣きじゃくる松尾汐恩
大阪桐蔭の松尾汐恩捕手は試合後、いつまでも涙を流し続けた。その状態でメディアのオンライン取材に応対した。
「自分の代が終わってしまったのを実感しています。(下関国際は)しぶとく戦ってきて(捕手として)どう攻めたらいいか頭にあったが、実際にやってみて、より粘り強さを感じていた。とてもいいチームでした」
4番の丸山一喜内野手(3年)は球場の異様なムードを認めた上で「それに打ち勝てなかった自分たちが弱かった」と語った。
コロナ禍で初めて入場制限が解除され、大観衆が戻ってきた大会。一体となった観客席が生み出す残酷なコントラストも、熱戦と背中合わせにある。
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