4年ぶり18回目の甲子園出場
『コロナに翻弄された甲子園』(双葉社)の小山宣宏氏は、同書と『一生懸命の教え方』(日本実業出版社)で日大三・小倉全由監督に30時間近くに及ぶインタビューを敢行し、強さの秘訣について余すことなく聞いた。今回は小倉が試合に集中させるために、選手にどんなアドバイスを送っていたのか、その内容に迫る。
『コロナに翻弄された甲子園』(双葉社)の小山宣宏氏は、同書と『一生懸命の教え方』(日本実業出版社)で日大三・小倉全由監督に30時間近くに及ぶインタビューを敢行し、強さの秘訣について余すことなく聞いた。今回は小倉が試合に集中させるために、選手にどんなアドバイスを送っていたのか、その内容に迫る。
高校野球の試合は9回で勝負を決するまでに、平均して2時間前後を要する。1回から9回まで試合をするなかで、相手チームに得点を奪われる状況が、一度や二度はどうしても作り出されてしまう。
例を挙げると、試合のリズムがまだ作れない初回、中だるみしてしまう中盤の5回から6回、疲労が色濃くなった終盤の8回から9回にかけては、失点を重ねてしまいがちだ。
そのとき監督が選手全員に、「試合に集中しろ!」などと檄を飛ばすこともあるが、その言葉によって最大の効力を発揮され続けるわけではない。実際、小倉自身も日大三のコーチ時代、関東一の監督時代に、こうした言葉をよく言って選手を鼓舞していたが、なかなかうまく集中力を持続できずにいた。
そうして年月が経った2001年の夏。西東京予選で優勝を決めて、甲子園出場が決まった直後、小倉の兄が「甲子園の暑さに負けないように」という意味合いを込めて、新宿の歌舞伎町で焼肉パーティーを開催した。すっかり満足して帰路につこうと歌舞伎町の繁華街を歩いていたところ、呼び込みのボーイに、小倉たちはこう言って呼び止められました。
「お客さん、人生80年のうち、今の1時間だけ私にいただけませんか」
小倉は直感的に「いい言葉だな」と思い、少しだけそのお店でお酒を飲んだ。ボーイにしてみれば、客を呼び込むための口説き文句だったはずだが、小倉は違う捉え方をしていた。帰りの電車に乗った際、「さっきの言葉は選手たちに使えるぞ」とひらめいた。
翌朝のミーティングの場で、選手たちを前にして小倉は言った。
「あと数日で甲子園大会が始まる。試合になったら緊張することもあるかもしれないが、人生80年としたら、そのうちたった2時間だけ試合に集中すればいいんだ。そう思えたら野球なんて簡単だろう。それぐらいリラックスした気持ちで試合に臨もうじゃないか」
ボーイの言っていた1時間を「2時間」に置き換えて選手に伝えたのだが、選手も一同に「そういう考え方もあるよな」と納得していたという。
「人生80年、そのうち2時間だけ試合に集中しよう」
この言葉は甲子園に行ってからも、また現在にいたるまで、小倉は大事な試合がある前には、判で押したように用いている。「がんばって試合に集中しろ」という言葉だけでは物足りず、選手自身もその場ではわかっているつもりでも、いざ試合になるとその言葉は脳裏から抜け落ちてしまうのだ。
けれども、「人生80年、そのうち2時間だけ試合に集中しよう」という言葉だと、ずっと脳裏に残るだけでなく、「そうか、もっともっとシンプルに考えればいいんだ」と、肩の力が抜けてリラックスするようになった。まさにこの言葉は、選手の本来持っている実力を発揮させるための、「魔法の言葉」とも言えるのだ。
話には続きがある。この年、甲子園で優勝が決まった後、小倉は選手全員に種明かしをした。
「実はこの言葉はオレが考えたんじゃない。歌舞伎町のボーイさんに言われた言葉をアレンジしてみただけなんだ」
すると、「えっ、そうなんですか⁉」と一様に驚かれた。だが、一部の選手から、
「『人生80年のうち、2時間だけ集中しよう』というのは、なんだかその通りだよなと思って、心にストンと落ちてきたんですよ」
「そうなんです。不思議なんですが、試合でどんなにピンチの場面が訪れても、『2時間だけ集中すればいいんだ』と思えた瞬間に、力みがなくなったんです」
試合を前に選手に、「緊張するな」と言っても、容易にできることはない。ましてや大舞台での試合になればなるほど、普通であれば緊張感は増してきてしまう。そんなときに、「人生80年のうち、2時間だけ集中すればいいんだ」と声をかけることで、選手の肩の力が抜けてリラックスした状態で試合に臨むことができる。小倉は今でも実にユニークな言葉を歌舞伎町のボーイからもらったと思っている。
Ⓒ双葉社
Ⓒ日本実業出版社
【関連記事】
・日大三・小倉全由監督が貫く信念「勝敗より大切なこと」
・日大三・小倉全由監督が排除した悪しき伝統「下級生の洗濯」
・日大三・小倉全由監督の野球部改革、選手を委縮させていた「草むしり」廃止