1回戦で聖光学院と対戦
第104回全国高等学校野球選手権で日大三は大会4日目の第2試合で聖光学院(福島)と対戦することが決まった。
『コロナに翻弄された甲子園』(双葉社)の小山宣宏氏は、同書と『一生懸命の教え方』(日本実業出版社)で小倉全由監督に30時間近くに及ぶインタビューのなかで、小倉がどのように日大三の「悪しき伝統」にメスを入れたのか、そのプロセスを聞いた。
第104回全国高等学校野球選手権で日大三は大会4日目の第2試合で聖光学院(福島)と対戦することが決まった。
『コロナに翻弄された甲子園』(双葉社)の小山宣宏氏は、同書と『一生懸命の教え方』(日本実業出版社)で小倉全由監督に30時間近くに及ぶインタビューのなかで、小倉がどのように日大三の「悪しき伝統」にメスを入れたのか、そのプロセスを聞いた。
小倉が監督として日大三に戻ってきた97年当初、気になっていたことがあった。上級生と下級生との間に一体感がなかったことだ。
日大三では夕食後に室内練習場でバッティング練習を行う習慣があるのだが、下級生がピッチングマシンにボールを入れて上級生が打っている光景を小倉が見ていたとき、上級生が打ち終えると、「後は片づけておけよ」と言って、上級生はその場から離れてしまい、ボール拾いを一切手伝うことがなかった。
本来であれば「今度は打てよ」と上級生が下級生に打たせてあげるべきなのだが、それをやろうとしないところに、「自分は先輩である」という特権を振りかざした、自分勝手な行為のように小倉の目に映った。
話はそれだけでは終わらない。消灯時間が過ぎた深夜遅くに、洗濯機の置いてある部屋から煌々と明かりが点いていた。いったい何をやっているんだろうと、小倉がその部屋をのぞくと、下級生数人が洗濯機の前で立っていた。
「お前たち、こんな夜遅くに誰の洗濯をしているんだ?」
小倉が聞くと、その場にいた全員が口をつぐんでしまった。そこで翌朝、全員を食堂に集めて開口一番、小倉はこう聞いた。
「昨日、1年生に夜遅くまでユニフォームを洗わせていたのは誰だ?」
当然のことながら、誰も名乗り出ない。そこで小倉は続けた。
「昨日、洗濯機の前にいた1年生に誰の洗濯をしたのか聞いてみたんだが、誰も答えようとしない。『いい加減に答えろ!』と殴ったんだが、それでも答えようとしない。だから聞いているんだ」
無論、小倉は実際には殴ってはいない。「殴られても名乗らなかった」という事実を聞いた上級生が名乗り出てほしいからこそ、あえてウソをついたのだ。すると、複数の上級生が「自分です」と手を挙げた。
そこで小倉は「わかった。これからは自分の洗濯は自分でしなさい。自分たちの身の回りでできることは、下級生にやらせるのではなく、自分たちでやるようにするんだぞ」
こうしてそれまではびこっていた悪しき伝統にメスを入れることができた。
「高校3年間のうち、実際に野球ができるのは、3年生最後の夏の7~8月までということを考えると、入学してから2年4カ月~5カ月くらいしかないんです。そのうち1年間、先輩のためだけに多くの時間を使うというのは、私に言わせればそれは『先輩のために時間を浪費している』だけに過ぎないのです。
そんなもったいないことをするくらいなら、上級生、下級生関係なく平等に時間を使えるほうがよっぽど自分自身のためになる。だからこそ、マイナスだと感じた伝統には、あえてメスを入れるようにしたのです」
小倉は野球部監督という肩書を持つ一方、一般生徒に社会科の倫理を教えている。野球部内でもミーティングの場で世間で起きていることを話題に取り上げることがたびたびある。そのとき高校野球界で起きた不祥事があると、こんな質問を選手たちにしている。
「上級生が下級生をしごく野球部が今でもあった。このことを聞いて、みんなはどう感じたかな?」
「そういうことをやって、誰が幸せになるんでしょうか?」「学校を卒業して道端でその人と会っても、口を聞きたくないと思って素通りしてしまいそうです」。どれも間違った意見ではない。このほかにもたくさんの意見が出たのだが、最後に小倉はこう締めた。
「こんな上下関係は社会に出たら一切通用しない。みんなは上級生、下級生関係なく仲良くやるんだぞ。下級生はわからないことがあれば上級生に聞けばいいし、そのとき上級生は丁寧に教えてあげるような関係にならないとダメだ」
小倉はさまざまな高校と練習試合を行うが、低迷しているかつての名門校ほど、低迷の原因を指導者は、「選手たちの実力不足なんです」と嘆いている。だが、小倉がよくよく話を聞いてみると、悪しき上下関係が足を引っ張っているんじゃないかと感じたそうだが、当の指導者本人はそれに気づいていない。
「よく『上級生と下級生との間で話し合えばいい』などという人もいますが、それは理想論でしかありません。悪しき伝統にメスを入れるのは、大人である現場の指導者が介入するしかないんです。それには勇気と根気が必要ですし、そこから目を背けてしまうと、組織は一向に変わらないままなんです」
小倉はこう力説する。日大三が一体感のある組織に変わった背景に「悪しき伝統を変えなければいけない」という小倉の覚悟があったことは間違いない。
Ⓒ双葉社
Ⓒ日本実業出版社
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