タカマツこと高橋礼華選手のあれこれ
高橋礼華(たかはしあやか)選手は1990年生まれの奈良県出身だ。
バドミントンを始めたのは母親の影響だった。母親が手伝いをしていた橿原ジュニアで始めて、今でこそ活躍しているが、初めは空振りもしていたのだとか。
性格は決めた事はとことんする。その性格が功を奏して、4年生の頃には、全国小学生ABC大会のシングルスで優勝するまでに。その後も同大会や全国小学生選手権でも優勝という輝かしい戦績を上げ、国内外の試合で好成績を残している。
「オリンピックで1番高い表彰台にのぼること」
出典:
UNISYS
と所属ホームページに2016年の抱負を載せていた。
タカマツこと松友美佐紀選手のあれこれ
松友美佐紀(まつもとみさき)選手は1992年生まれの徳島県出身だ。
バドミントンを始めたのは姉と母親の影響で、幼稚園の頃から母親とラリーを楽しんていたそうだ。5歳から藍住エンジェルスポーツ少年団藍住エンジェルクラブで本格的に競技を始めた。
全国小学生ABC大会シングルスでは3年生位で8強入り。4年生5年生6年生と優勝を果たす。全国中学生バドミントン大会ではシングルス・団体戦で優勝。その後、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)優勝を目標にして、高校はバドミントンの強豪校に入学した。
タカマツペアの出会いと功績
二人がペアになったきっかけは、同じ高校の田所総監督がたまたま組ませたペアだそうだ。全国高校選抜大会優勝から二人の快進撃がはじまる。
その後も国内大会では全国高校総体優勝、全日本総合選手権3位、全日本社会人大会優勝、全日本総合選手権優勝など好成績を残し、2009年からは国際大会でも優勝や3位までの入賞の大会が盛りだくさん。
その成績は女子ダブルス世界ランキングで日本人初の1位に輝いたほどの成績だった。
タカマツペアのリオオリンピック
高橋礼華選手の2016年の抱負どおり、オリンピックでは1番高い表彰台にのぼることに。試合は接戦で、最後のゲームでは3点リードされ、手に汗握る試合だった。
しかし土壇場に5連続ポイントで大逆転する。日本人初の金メダルという快挙で、バドミントン業界でも念願の金メダル獲得だった。余談だが、オリンピック後のヨネックスオープン戦では、リオでの他競技のオリンピックメダリストや出場者が応援に来て、交友の幅広さがうかがえた。
タカマツペアへの賞
高橋礼華選手の出身地奈良県では、
「県民だけでなく、日本国民に大きな感動を与えてくれた」
出典:
わくわく奈良情報館
と高橋選手に県民栄誉賞を贈り、ペアの松友美佐紀選手には奈良県スポーツ特別功労賞を贈った。
また奈良県橿原市は高橋礼華選手に市民栄誉賞を創設し、初めての受賞者として賞を贈った。二人が通った高校のある宮城県の知事は、
「決勝戦の終盤で劣勢をはね返した逆転勝利は誠に見事。県民に多くの元気と笑顔を与えてくれた」
出典:
産経ニュース
とし、県民栄誉賞を贈った。
まとめ
タカマツペアの輝かしい成績はいろいろな大会で「日本人初」をたくさん見せてくれた。今後もタカマツペアの快進撃は止まらない。みんなでタカマツペアを応援していこう