女子5000メートルでアジア歴代2位の日本新記録
陸上女子中長距離の「異端児」で前例にとらわれない型破りなスタイルに挑み続ける24歳の田中希実(ニューバランス)が4月にプロ転向を表明し、目を見張るような活躍を見せている。
アスリートとして尊敬し、目指すは米大リーグで投手と打者の「二刀流」として輝きを放つエンゼルスの大谷翔平。9月8日、ベルギー・ブリュッセルで行われた陸上の世界最高峰シリーズ、ダイヤモンドリーグ(DL)第13戦で、女子5000メートルに初めて参戦した田中の変幻自在な力走はそんなスケールの大きさを感じさせた。
ケニア、エチオピアのアフリカ勢に堂々と割って入り、14分29秒18の日本新記録で3位に入った。この記録は1990年代に旋風を巻き起こした中国の馬俊仁氏率いる「馬軍団」の一員、姜波(中国)が97年にマークした14分28秒09に次ぐアジア歴代2位。
8月の世界選手権の予選で自らマークした日本記録を8秒80も更新し「アジア人がメダルを取ったらインパクトを与えられるんじゃないかなって、最後の方はワクワクしながら走れた」と目の肥えた欧州の観客も驚く驚異的な走りだった。
ケニア合宿で対応力強化、ラスト1周も常識覆す切れ味
2021年は東京五輪の1500メートルで8位入賞。一方で800メートルも合わせて3種目に出場した2022年の世界選手権では思い描いたような結果を残せなかった。
もやもやした状態の中で「世界のトップと戦えるタフさを身に付けたい」と決断し、女子では異例のケニア合宿を敢行。マラソン選手のメニューもこなし、スピードと対応力に磨きを掛けた成果が表れつつある。
ブリュッセル大会のレースでは先頭が最初の1000メートルを2分51秒台で刻むハイペース。それでも田中は「2000過ぎからちゃんと完走できるか心配だったけど、走り出したら意外とスタミナも切れなかった」と8番手前後の位置取りから徐々に順位を上げていった。4000メートルを通過後には3位に浮上。ラスト1周ではさらに世界を驚かせた。
「会場全体が揺れるぐらいの大歓声があって、割と自分のスパートに最後まで集中できた」と振り返る通り、常識を覆すスパートで上位2人のアフリカ勢に最後まで食い下がった。
終わってみれば、田中以外は6位までアフリカ勢。「こんなにタイムも順位もうまくついてくるとは思ってなかった。これだけ強力なメンバーがそろっていたので自信になる」と涼しい顔で充実感をにじませた。
世界トップへトータルの種目で戦える選手に
父の健智さんから指導を受けながら、二人三脚で着実に階段を上ってきた田中がプロ転向を決めた理由は「根っこから自分を変え、居場所を作り直したい」という確固たる決意。所属先のニューバランスは大谷翔平も長期契約しているが、スポーツの枠を超えて各世代にインスピレーションを与える彼の姿勢はアスリートの理想ともいう。
来年のパリ五輪を見据え、田中は5000メートルと1500メートルを柱に据える構えだ。日本新を出したレース後でも取材エリアで記者の目を真っ直ぐ見つめ、冷静にそして楽しそうに語る姿が印象的だった。
「ずっと取り組んできたことを発揮する仕方が分かってきた。5000メートルで安定して走れてるっていうのは自信に変えて、世界でトータルの種目で戦えるようになりたいって、より思うようになりました」
もちろん壁は高いが、世界トップの仲間入りへアフリカ勢とも十分に戦える手応えをつかんだのだろう。「この感覚を1500メートルにつなげたい。コツさえつかめばポンポンとベストが出るはず」と大きな澄んだ目を輝かせた。
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