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厚底なら2時間17分台?偉大なる高橋尚子と野口みずきのマラソン全成績

2021 2/9 06:00鰐淵恭市
高橋尚子(左)と野口みずきⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

日本記録挑戦失敗で見えた2人の金メダリストの偉大さ

フラットな周回コースで、男子ペースメーカーが引っ張る。16年ぶりの日本記録更新に期待がかかった大阪国際女子マラソンだが、優勝した一山麻緒(ワコール)の記録は2時間21分11秒で、野口みずきの持つ日本記録(2時間19分12秒)に約2分届かなかった。

このレースで改めて気づかされたのは、野口と高橋尚子という2人の金メダリストの偉大さだ。高橋は世界最高記録(当時は「最高」が付く)を樹立し、野口はいまだアジア記録保持者でもある。20年近くたっても色あせない、2人の偉業を振り返る。

世界で初めて2時間19分台に突入した高橋尚子

高橋は2000年シドニー五輪では日本女子マラソン初の金メダルを獲得し、国民栄誉賞を受賞。2001年ベルリンマラソンでは世界で初めて2時間20分の壁を破る2時間19分46秒の世界最高記録を樹立した。

現在、日本最速の一山ですら、2時間20分の壁を破っていない。「Qちゃん」の愛称で親しまれた高橋は、20年前に達成したのだから恐れ入る。

高橋尚子のマラソン全成績


速さと強さを兼ねそろえたランナーだった。マラソン12戦7勝と半分以上の大会で優勝している。特に全盛期である1998年から2002年にかけては、出場した6大会すべてで優勝を成し遂げた(欠場を除く)。

レース内容も圧巻で、98年バンコクアジア大会は30度を超える暑さの中、独走でアジア最高をマークしたかと思えば、シドニー五輪はカミソリのようなスパートで接戦を制した。スピードがあり、かつ、どんな形にでも対応できるのが、高橋の強みだった。

16年間破られない日本記録を持つ野口みずき

マラソン11戦5勝。野口も高勝率を誇る。特に2002年の初マラソンから2007年までの6戦で優勝5回。優勝を逃したのが2003年世界陸上の銀メダルだから、当時の強さは圧倒的だった。

野口みずきのマラソン全成績

野口も強さと速さを兼ねそろえていたが、強さの質が高橋とは違う。

金メダルを獲得した2004年アテネ五輪、北京五輪の代表権をたぐり寄せた2007年東京国際女子では駆け引き無用のロングスパートでライバルを寄せ付けなかった。

今回の大阪国際女子マラソンでクローズアップされた野口の日本記録。本人は「そろそろ更新されても良いんじゃないかと言ってきたけど、更新されなくてちょっとホッとしていて、複雑な心境」と語り、現役時代と変わらない負けず嫌いな一面をのぞかせた。

ちなみに、高橋も野口も2時間19分台をマークしたのはともにベルリンマラソン。今回の大阪国際女子と同じように男子のペースメーカーに引っ張られて出した記録である。

世界一目指して月間1300キロのハードトレ

全盛期が重なる時期もあり、直接対決が期待された2人だが、かなわなかった。これはお互いに意識していた部分も大きいと思う。

2人とも現役の時は、接点はほとんどなかったという。かつて、高橋にそのことを聞くと「みずきちゃんに話しかけるっていう雰囲気じゃなかった」という。金メダリスト同士のオーラが、2人を引き離した。

同じ金メダリストでも対照的で、よく比較された。シドニー五輪でゴールした後、「すごく楽しい42キロでした」と笑い、プロランナーに転向したピッチ走法の高橋。最後まで実業団にこだわり、アテネ五輪で「すごくうれしいです」と泣いたストライド走法の野口。「さわやか」な高橋に対し、野口からは「必死さ」がにじみ出ていた。

でも、高橋は野口のことをこう言っていた。「魂が近いところで、同じ思いで頑張ってきた友」。それは、実は2人には共通点が多かったからである。

とにかく、練習量が豊富だった。2人とも多いときには月間1300キロも走った。1000キロを超えれば多い、と言われる中、2人はその先を行っていた。そして何よりも、2人とも世界の頂点を目指して走り続けていた。

女子マラソンが低迷期に入った2010年以降、2人にその原因を聞いた時に口をそろえて出たのが「私たちの時は日本人トップなんか狙わなかった」という言葉だった。走りは対照的でもメンタリティーは同じだった。高橋が引退した後に2人の距離は縮まり、今では酒を一緒に飲む間柄である。

日本女子マラソンが世界最強だった2000年代を支えた高橋と野口。記録的には一山をはじめ、現在の日本選手もだいぶ近づいてきたかもしれない。

だが、当時と今とで違うものがある。シューズだ。高橋や野口は伝統的な薄底のシューズを履いていたが、現在はタイムが出る厚底が主流。一山の履いているシューズも厚底だった。大阪国際女子のレース直前、日本陸連の幹部が言ったことが忘れられない

「高橋や野口が当時あの靴を履いていたら、あと2分はタイムがよかったでしょうね」

偉大な2人の背中は近づいてきたようで、まだまだ遠いのである。

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