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日本レスリングを変えた!米満達弘選手の功績

2016 10/24 19:31
レスリング
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Photo by Simon Q

2012年ロンドンオリンピックで日本に24年ぶりの金メダルをもたらしたレスリング選手、米満達弘。今回は日本のレスリングを再び世界の舞台へと押し上げたといえる米満達弘選手の功績を、生い立ちや実績を交え紹介したいと思う。

米満達弘選手の生い立ち

米満達弘選手は、1986年8月5日に山梨県富士吉田市で生まれた。幼少時にはスポーツへの関心は薄かったものの、中学で始めた柔道ではなんと県大会で優勝するまでになった。 高校は県内に柔道の強い高校がなく、レスリングに転向。レスリングの名門・山梨県立韮崎工業高等学校に進学する。
レスリングを始めたのは高校生からということになる、3年生でインターハイ2位、国体では優勝している。卒業後は拓殖大学へ進学し、レスリング部に入部した。

世界の舞台へはばたく米満達弘選手

大学在学中は、2008年全日本学生選手権のフリースタイル66kg級で優勝を飾り文部科学大臣杯を獲得、続く天皇杯全日本選手権でも優勝したが、同年開催の北京オリンピックへの出場は叶わなかった。 翌年2009年は自衛隊体育学校に入隊。入隊後ヤシャ・ドク国際大会優勝世界選手権に出場し、世界大会初出場ながら銅メダルを獲得している。2010年の世界選手権は23位と振るわなかったが、アジア競技大会では金メダルを獲得。
これはフリースタイルとしては1994年の広島大会における62kg級の和田貴広選手以来16年ぶりという快挙だった。

オリンピックへ挑む米満達弘選手

世界の舞台でもまさに快進撃と言える活躍を見せた米満達弘選手。2011年の世界選手権でも同じく和田選手以来16年ぶりとなる銀メダルを獲得し、日本のロンドンオリンピック出場枠を獲得した。そして続く2012年の全日本選手権で優勝、ロンドンオリンピック代表選手に決定したのだ。 そして迎えた2012年のロンドンオリンピックにフリースタイル66kg級選手として出場。決勝ではスシル・クマール(インド)選手に2-0で勝利し、見事金メダルを獲得した。
これは1988年のソウルオリンピックでのフリースタイル48kg級の小林孝至選手と、フリースタイル52kg級の佐藤満選手以来となる6大会24年ぶりという快挙だった。

米満達弘選手が獲得したメモリアル・メダル

米満選手がもたらした金メダルは、日本が夏季オリンピックにして参加から通算400個目のメダルであり、夏季オリンピックの通算130個目の金メダルでもあった。
さらに、ロンドンオリンピック日本選手団が同大会で獲得したメダル数は過去最高記録を更新する38個となった。 記念すべき金メダルを獲得した米満選手は、山梨県出身者として個人競技では初めてのメダリストであり、現役自衛官としては史上初となる紫綬褒章を受章した。

米満達弘選手、引退後の動向

輝かしい功績を飾った米満達弘選手だが、続く2016年リオデジャネイロオリンピックでの活躍も期待されていた中、2015年1月に現役引退を表明した。 理由として、階級区分により66kgがなくなることを挙げた。オリンピック出場のためには階級変更をしなくてはならないが、66kgでぎりぎりの調整をしてきたため、減量によって怪我を頻発させてしまったことが引退の原因となったようだ。
今後は指導者として活躍が期待されており、現在はオリンピック委員会の研修プログラムとして2年間のアメリカ留学中だ。

まとめ

年齢的にもまだまだ現役での活躍が期待されていた米満選手の引退表明は衝撃的なニュースだった。 しかし、2020年の東京オリンピックでは、指導者として若手選手を率い、再び日本にメダルをもたらしてくれるに違いない。

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