古巣の前に立ちはだかった壁、サウール・ニゲス
アトレティコ・マドリード(以下、アトレティコ)とレアル・マドリードCF(マドリード)の一戦は「マドリード・ダービー」と呼ばれ、リーガ・エスパニョーラを代表するダービーマッチとして注目を集める。
バルセロナFC(以下、バルセロナ)とマドリードとの一戦はクラシコと呼ばれ、こちらの注目度もかなり高いのだが、マドリード・ダービーは如何せん同じ街のクラブがぶつかるため、街を二分してのお祭り騒ぎとなる。
2016年2月、マドリード・ダービーを前にアトレティコのMFサウール・ニゲス選手(以下、敬称略)は一つの苦い思い出を語った。
「マドリードで過ごしたあの年(11歳の頃)、僕は多くのことを学んだ。とても成長したんだ。難しいシーズンで、スポーツとは関係のないことが起こったんだ」。
サウールはかつて所属していたマドリードのユースでいじめを受けていたのだ。彼を苦しめた人物につては明言を避けたサウールだったが、自身を宿敵であるアトレティコに連れてきてくれたペペ・フェルナンデス氏には感謝の言葉を送っている。
そうして臨んだマドリード・ダービー。敵地サンティアゴ・ベルナベウで行われた一戦で、サウールは躍動し古巣マドリードの前に立ちはだかった。試合はアントワーヌ・グリーズマン選手(以下、敬称略)の得点で見事アトレティコが勝利した。
サウールはアトレティコの選手として健闘し、アトレティコの勝利のために全力を尽くしていることを、両クラブのサポーターに見せつけた。
中盤に欠かせない存在サウール!マルチなプレースタイルと役割
サウールはアトレティコの中盤に欠かせない存在となっている。
アトレティコはこれまでにも複数の優秀なストライカーを輩出してきた。グリーズマン、ジエゴ・コスタ選手、フェルナンド・トーレス選手(以下、敬称略)、セルヒオ・アグエロ選手、ラダメル・ファルカオ選手といった豪華な面々だ。彼らはいずれもアトレティコで花を咲かせ、世界最高峰の点取り屋となった。
だが、そんなストライカーたちにボールを供給するのは誰か。そう、サウールやコケ選手ら(以下、敬称略)中盤の選手である。
どれだけ突破力のあるアタッカーでも、強豪相手では独力で得点を生むことは難しい。中盤からゲームを地道に作り上げ、シュートで終わるという一連の流れを作り出す必要がある。
その流れを作り出すのがサウールだ。サウールはパスとドリブル双方に非凡な才能を見せる。スピードに優れるというわけではないが、相手の攻撃のコースを予測しパスを捌く。あるいは、相手のプレスを自分に引き付けた上でいなしてからパスを出すのが上手い。こうすることで前線の選手たちへのマークが緩み、攻撃を活性化させることができる。サウールの一挙手一投足は美し過ぎる。
アトレティコではサイドでのプレーも多いサウールは、豊富な運動量を活かして上下動を繰り返す。「チョリスモ」と呼ばれる、ディエゴ・シメオネ監督の苛烈なプレッシング戦術の下でも疲れを知らない。ゲームメイク、守備貢献、何でもこなせるマルチさがサウールの売りだ。しかも、マルチはマルチでも、その才能のすべてが及第点以上。大変素晴らしい選手だ。
探し求めてきたシャビの後継者!無敵艦隊の復活なるか
スペイン代表は2008年のEURO、2014年のW杯で優勝を果たし、「無敵艦隊」の時代を謳歌した。
その主軸を担ったのがフェルナンド・トーレス、アンドレス・イニエスタ選手(以下、敬称略)やシャビ・エルナンデス選手(以下、敬称略)だ。
特に2008年のシャビの活躍は凄まじかった。まるでピッチを俯瞰しているかのような戦術眼で、長短様々な美しいパスを供給し続け、試合を作り上げていた。大会最優秀選手賞を獲得したのは必然だったろう。
そんな無敵艦隊の時代も、シャビやイケル・カシージャス選手らベテランの離脱により、終わりを迎えた。
2014年のW杯ではグループステージで敗退。前大会王者のグループステージ敗退の前例はイタリア代表が挙げられるのだが、スペイン代表のように開幕2連敗での敗退決定は、大会史上初のことだった。
強かったスペイン代表は、試合のタクトを振るう者を失い勝利への道筋も見失っている。
しかし、その穴を埋めるのがサウールかもしれない。サウールはシャビのようにゲームを作る能力を持ち、状況判断能力に長けている。攻撃のタクトを美しく振るうはずだ。
2017年のU21のEUROでは5得点を挙げて大会得点王となった。惜しくも優勝はならなかったものの、自身のクオリティを存分に引き出しまた一つ価値を上げた。
そしてこの活躍もあり、サウールはアトレティコとの契約延長交渉の席に座ることとなる。
約束された9年、アトレティコと歩むこれからのキャリア
2017年7月2日。U21のEUROを終えたサウールは、アトレティコとの契約延長に応じた。
元々交わされていた契約は2021年までで、残りの契約期間は4年。この4年という数字は特別短いわけでもなく、その他のクラブからの強奪を阻止するという意味合いでは悪くない数字と言えよう。
しかし、アトレティコはサウールにもう5年の契約延長を提示。サウールはこれに応じ、2026年までの新契約を結ぶこととなった。彼の違約金は約130億円に設定され、アトレティコの選手として長いキャリアを過ごすことを約束した。
サウールにはバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドFC(以下、ユナイテッド)など、複数のクラブからの関心が寄せられていた。この9年の契約の延長により、そういった噂の多くはかき消されることとなる。
それでも彼の獲得を狙うクラブが現れるだろう。だが、契約期間の長さと130億円と高額の違約金が立ちはだかる。130億円という設定がされているとはいえ、アトレティコが交渉に容易に応じるはずはないであろうし、実際はそれよりも多額の金銭を積むかトレード要員で優秀な選手を送り込む必要が出てくるだろう。
選手を愛するアトレティコ!クラブと選手とサポーターの三人四脚
アトレティコというクラブは、自らの選手を非常に大切にする。
今回紹介しているサウールに与えられた契約や、クラブの生え抜きであるトーレスの復帰と契約の延長はその最たる例だ。トーレスはアトレティコを去ってからいくつかのクラブを転々としたが、浮き沈みが激しいままに30代を迎えていた。それでもアトレティコは彼と契約を結び、トーレスもプレーとSNSを通してクラブへの愛情を示し続けている。
エースのグリーズマンは2017年6月に、自らのアイドルと語るベッカム氏の所属していたユナイテッドへの移籍を否定した。ユナイテッドは彼に対して多額の移籍金と給与、そして伝統の背番号7を与えるとまでされていた。
グリーズマンは、補強禁止の処分を受けたアトレティコに対し「今のアトレティコは困難な状況にある。今退団するのはクラブに対する不当な仕打ちだ。来シーズンもアトレティコで戦うよ」と語った。
グリーズマンのこの宣言は多くのサポーターを熱狂させた。クラブがどんな状況にあっても、出ていく選手はあっさりと出ていくものだ。グリーズマンが出ていなかったのは、彼の人柄に因ることもあるのだろうが、アトレティコというクラブが常に選手を大切にする姿勢をとり続けていることも大きな理由だろう。
おそらくサウールもアトレティコの選手として素晴らしいキャリアを過ごすことだろう。
選手、クラブ、サポーターの”三人四脚”で歩む未来は明るいはずだ。