際立っていた埼玉WKのディフェンス力
5月29日に行われたラグビー「リーグワン」のプレーオフ決勝で、埼玉パナソニックワイルドナイツ(以下埼玉WK)が18-12で東京サントリーサンゴリアス(以下東京SG)に競り勝ち、初代王者に輝いた。
現状のリーグワンの中で最高の攻撃力を誇る東京SGの「矛」と、最高の守備力を備える埼玉WKの「盾」の激突は、スコアこそ6点差だったが、試合は埼玉WKの完勝といってよい内容だった。豊富な運動量で相手守備陣を撹乱し、防御網に作り出した穴を突いて得点するのが東京SGの戦法だが、埼玉WKは素早く力強いディフェンスで東京SGのチャンスの芽を摘み取り続けた。
リーグワンの上位チームですら、東京SGが攻撃のフェーズを重ねるうちに、どこかで防御ラインに穴が開いたり、俊足BKのマークに比較的足の遅いフロントローの選手がつかざるを得ないような状況となって失点することが少なくなかったが、この日の埼玉WKにはそうした隙はほとんどなかった。
密集の近辺はFW第三列の選手が相手の突破役を確実に止め、第一列、第二列の力強い選手が分厚くフォローしてターンオーバーを狙う。外側の勝負に出ても1対1の勝負ではBK各選手のマークを外すことが困難だった。
しかも、うかつに突っ込んでいけばFWの選手ばりの巧みなジャッカルの餌食になる。東京SGは右に左にボールを散らして果敢に攻め立てたが、鉄壁と称されるべき分厚い埼玉WKのデイフェンスを崩すことができず、特に後半は攻めているというよりは義務的にボールを回しているようにしか見えなかった。
気の緩み全くなかった埼玉WK
逆に埼玉WKは攻撃力でも魅せた。前半28分に、豪州代表マリカ・コロインベテがトライを取った後、立て続けに2回インゴールを陥れるムーブメントがあった。
残念ながら二つともその前のプレーで反則(1回はスローフォワード、1回はノックオン)があったためトライは認められなかったものの、仮にここで二つともトライになっていたら一方的な試合になっていてもおかしくない流れだった。後半は東京SGの一瞬の乱れをついて日本代表ディラン・ライリーがチーム2本目のトライを決めた。
とにかく、この日の埼玉WKには気の緩みが一切なかった。前半の終了近く、珍しくディフェンスラインにできたギャップを、東京SGの切り札ダミアン・マッケンジーが突き、あと数十センチでトライというところまで攻め込んだが、カバーリングで追いついたSO山沢拓也が絡み、ノックオンを誘ってトライを許さなかったのだ。
背筋に寒気を感じるほどのすさまじい執念である。まさに流れを変えるモメンタムとなったトライセービングタックルだった。
山沢はまた、後半終了間際、東京SGの快速BK尾崎晟也の突進を止めるとともに、一気にそのボールを奪って、文字通り東京SGの息の根を止めた。FWもBKも関係なくよく走り、接点での技術を磨いた結果が見事に結実した瞬間だった。
曲がり角に来ている東京SGの攻撃ラグビー
敗者となった東京SGは大体3年~5年くらいでプレースタイルの一つのピークを迎えるというのが筆者の印象である。古くは2000年と2001年、それこそ相手に息もつかせぬほどの連続攻撃(シークエンス)で相手を振り回すだけ振り回し、足が止まった後半には情け容赦なく大量得点を奪う戦いをみせて日本一に輝いた。
ライバルチームたちがこの戦法に適応し始めると、今度は現イングランドヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏が豪州のブランビーズに導入して成功した、シェイプアタックを取り入れたアタッキングラグビーで2010年から2012年まで覇権を握った。
さらに2016、2017年には従来のランニングラグビーにセットプレーの強さも加味し、ディフェンスの場面であっても攻撃的なスタイルを貫いて王座に君臨した。
今シーズンの戦いは基本的には2016、2017年当時の戦い方を踏襲したものであり、下位チームとの対戦では相変わらずの破壊力を見せてはいるが、埼玉WKや東芝ブレイブルーパス東京などの上位チームはすでにしっかりと対策を講じ、実際に東京SGが意図しているアタックの封じ込めに成功している。そろそろ新しい戦法の機軸を打ち出す時期に来ているようだ。
今季の結果が今後のジャパンラグビーにもたらすもの
リーグワンは最後に来て好試合が連続し、それなりの成果をおさめたが、ジャパンラグビーとしては一息つく間もなく、6月にウルグアイ代表と2試合、7月にはフランス代表と2試合テストマッチが控えている。また6月11日にはトンガ選抜(トンガサムライフィフティーン)と日本選抜(エマージングブロッサムズ)というテストマッチに準ずる試合も控えている。
来年に控えるフランスワールドカップをにらみ、様々な選手が試されるだろうし、どのようなチームを作り、どのような戦法で戦うのかについても試してみた上で修正を行う大きなチャンスだ。その中で、埼玉WKは日本代表全34人中10人、日本代表に準ずるナショナル・デベロップメント・スコッド(以下NDS)全34人中2人、東京SGは日本代表に5人、NDSに6人と大量の選手を送り込んでいる。
リーグワンの決勝戦は世界レベルに限りなく近いタフな戦いであったと言え、そこで経験値を得た埼玉WKの選手たちは間違いなくジャパンのディフェンスを引き締めてくれるはずで、ロースコアの勝負に持ち込みたいジャパンにとって心強い存在なのだ。
問題は攻撃力である。特にフランスはシックスネーションズなどでの経験が豊富で、気持ちを切らさない限りはタフなディフェンスラインを敷いてくることは明らか。そのラインにギャップを生じさせるのは容易なことではない。
ただ単に「左右に散らして的を絞らせない」だけでは、プレーオフ決勝の東京SGと同じ轍を踏むことになってしまう。2019年ワールドカップのラファエレ・ティモシーのような、ぎりぎりの場面で絶妙のオフロードパスを送れるようなキープレーヤーが欲しかったが、現状では組織の力をうまく使って隙を作っていくしかない。
今回のテストマッチには間に合わないかもしれないが、SHやWTBなど攻撃のキーとなるプレーヤーの多い東京SGには是非とも攻撃オプションを数多く開発してほしい。最強の矛である東京SGの進化こそがジャパンラグビーの攻撃面の進化に直結するはずだ。
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