TikTokのフォロワー数170万人
ハンドボール男子の世界選手権(カイロ=エジプト)で「彗星(すいせい)ジャパン」の愛称を持つ日本代表が、1988年のソウル大会以来8大会ぶりとなる東京五輪へ期待が膨らむ大きな一歩を示した。
主将でチームを引っ張ったのはフランス人の父と日本人の母を持ち、15秒間の動画を投稿できるアプリ「TikTok(ティックトック)」でアカウント名「レミたん」としてフォロワー数170万人を超える絶大な人気者でもある31歳の土井レミイ杏利(大崎電気)だ。
動物の顔マネやコミカルなネタで楽しませる「レミたん」が裏の顔なら、表の顔はハンドボール日本代表の左サイドで得点を重ねる大黒柱である。
成長証明の世界選手権、32チーム中19位
今大会の日本は1次リーグ初戦で強豪クロアチアと歴史的な引き分けを演じるなど1勝1分け1敗で1次リーグを1997年の熊本大会以来、24年ぶりに突破。2次リーグでは初戦のアルゼンチンに敗れ、前回大会優勝で2016年リオデジャネイロ五輪金メダルのデンマークには完敗したが、最終戦でバーレーンに29―25で勝って出場32チーム中19位で大会を締めくくった。
前回の2019年世界選手権では7戦全敗に終わり、出場24チーム中唯一白星なしの最下位。チームの精神的支柱でもある土井は「もう(日本は)簡単に勝てる相手ではないというのを世界に示せたのではないか。世界のトップクラスとの距離が近づいているのは、誰もが感じている。(ベスト8、12位以内という)高い目標には達しなかったが、次につながる闘いになった」とジャパンの着実な成長を証明し、手応えを感じた様子だ。
自身のツイッターには「我々は最高のチームです。胸張って日本に帰ります!そして更なる高みを目指して精進し続けますので、どうか今後も日本ハンドボールをよろしくお願い致します」と投稿した。
武器は滞空時間の長い跳躍力とシュート成功率
身長180センチ、体重80キロの土井は抜群の身体能力を生かした滞空時間の長いジャンプ力が武器。左サイドから放たれる高い精度のシュートは相手チームにとって大きな脅威だ。GKの逆を突き、トリッキーな技も随所に織り交ぜて狭い角度から確実にゴールを決めていく。
ハンドボール強国のフランスでプロ契約して6シーズン活躍した経験と勝負強さはここ一番で頼りになり、驚異のシュート成功率75.61%を記録したシーズンもある。そのプレーだけでなく、ハンドボールに打ち込むポジティブな姿勢と天性の明るさが文字通りチームをけん引する。
父の母国フランスで「奇跡」のプロ契約
3歳までフランスで育ち、サッカーに夢中だった少年は小学3年生でハンドボールに出会った。だが膝のけがで日体大卒業時に一度は引退を決意。ビジネスにも役立つとフランス語を学ぶため父の母国に語学留学で渡ると、運命的な出来事が起きた。
一度は諦めていた膝が不思議と回復したのだ。国際ハンドボール連盟(IHF)の公式インタビューで土井は「奇跡が起きた。まさに神様からの贈り物のようだった」と表現した。
夢物語と思えたが、2012年に1部リーグに属するシャンベリ・サヴォワ・ハンドボールの2部チームの練習に参加。チームはトップチームへ昇格し、これを機に2013年にプロ契約を結んだ。「身体能力やテクニックの違いだけでなく、欧州の本場でゲームの戦略性や闘争心を学んだ」という。
そんな経験が日本代表を率いるアイスランド出身の名将ダグル・シグルドソンを監督の目に留まった。前回の世界選手権は全敗で24チーム中最下位。「おまえのポジティブさと経験でチームの雰囲気を変えてほしい」。フランスでのプレーを終え、日本リーグへ移籍を決めた時期とも重なり、苦闘の中で「キャプテン土井」は誕生した。
SNSでマイナー競技の普及にも尽力
欧州の本場でもまれたメンタルの強さが土井のポジティブ思考の原点。ダンス、楽器演奏など趣味も多彩だ。
日本に戻り、主将として最も注力してきたのは「闘争心」だった。最初に代表チームに参加して感じたのは「闘争心の欠如。海外の選手は戦争に行くような殺気だったテンションでやっている。それを日本チームにもたらしたかった」と振り返る。
TikTokの人気者「レミタン」として活躍するのも日本ではマイナー競技といわれるハンドボールを東京五輪も起爆剤にしてもっと普及させたい思いがある。小さい頃から故・志村けんとジム・キャリーの影響を受け、体の動きや表情だけで人を笑わせることに興味を持っていたという。
ニックネームの「レミたん」は最初に勧めた友人が土井を呼ぶ愛称。顔まねでは海外の大物俳優から動物の馬まで披露し、ちゃめっ気たっぷりな動画はインターネット上で影響力を持つ「インフルエンサー」として視聴者を和ませている。
投稿の大半が競技とは無関係なのにも理由があるそうだ。「面白い動画をアップして、ハンドボールにファンを呼び込みたい。TikTokでは変なやつかもしれないけど、僕は真剣にやっている。日本代表主将としての役割も両方が僕の個性でもある」とIHFのインタビューに語っている。
期間中にPCR検査18回「二度と経験したくない」
東京五輪の前哨戦として位置付けた世界選手権。世界選手権の期間中は新型コロナウイルス感染防止のため「バブル方式」を採用し、土井主将は「PCR検査は18回受けた」という。
「できればもう二度と経験したくない。ただでさえプレッシャーを抱えた中で試合をしなければいけない上に、外的なストレスが多いのは相当なメンタルの負担になる。ただ、日本選手団に誰も感染者が出ずに終われたのは良かった」と総括した。
新型コロナ急拡大で東京五輪開催へ悲観論も出ている。それでも土井主将は諦めていない。「どういう状況で試合を行えるかが重要。有観客であれば、試合の流れもつかみやすい。この先、世界の状況が良い方に変わってほしい」と切望した。
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