日本馬初の凱旋門賞制覇へ
日本馬初の凱旋門賞制覇へ。平成18年秋に凱旋門賞に挑戦したディープインパクト。当時、凱旋門賞ではエルコンドルパサーの2着が最高の着順だったが、ディープインパクトはこれ以上の可能性を感じさせる競走馬だった。その軌跡を追ってみる。
日本馬初の凱旋門賞制覇へ。平成18年秋に凱旋門賞に挑戦したディープインパクト。当時、凱旋門賞ではエルコンドルパサーの2着が最高の着順だったが、ディープインパクトはこれ以上の可能性を感じさせる競走馬だった。その軌跡を追ってみる。
ディ-プインパクトは北海道早来町のノーザンファーム生まれ。父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘアという血統。ほかの馬と比べて、大して目立ったところがなかったため、サンデーサイレンス産駒の牡馬でありながら、セリでは7000万円で落札された。
1歳に育成牧場に移るが、小柄で繊細だったためにここでも評価はあまり高くなかった。しかし栗東に入厩し、池江調教師、市川厩務員はすぐに素質の片りんに気づき、レース前に調教でまたがった武豊騎手もただ者ではないと確信したという。
迎えた初戦、平成16年(2004年)12月19日の阪神競馬場で怪物ぶりを見せつける。後方にいたディープインパクトだったが、4コーナー手前でスッと上がって行き、ノーステッキで圧勝してしまった。2着馬がのちに重賞を勝つコンゴウリキシオーだったのを考えると、あの圧勝ぶりは価値がある。
全国に名をとどろかせたのは2戦目若駒ステークス。最後方からレースを進めたディープインパクトだが、4コーナーでも前とはかなりの差があった。見ている方は届かないだろうと思ったが、あっさりとゴボウ抜き。最後は5馬身差のレースを披露した。
続く弥生賞では2歳王者マイネルレコルトや京成杯の勝ち馬、アドマイヤジャパンを抑えての勝利。小差ではではあったが、外々を回して安全に乗った感じの勝利だった。
ここまでノーステッキで勝ってきたが、ムチを入れる時が来る。4戦目はクラシック第1戦の皐月賞。スタートで大きく出遅れ、道中はほかの馬と接触。4コーナーで初めてムチが入ると、一瞬でエンジンがかかり、見事1冠目を制した。これだけのロスがありながら、クラシックの1つを取ったことによって、3冠馬の期待が高まった。
続く日本ダービーでは単勝オッズ1.1倍の断然の支持を受ける。これ以上ない内容で乗ったインティライミを涼しい顔で抜き去り、5馬身差の圧勝だった。秋緒戦に選んだ神戸新聞杯をレコード制し、いよいよ三冠をかけた菊花賞へ。この日の単勝オッズは何と1.0倍。引っ掛かりに気味になり、3000mの距離が持つかと心配したが、何のその。21年ぶりに史上2頭目の無敗の3冠馬が誕生した。
ただ、落とし穴が待っていた。それは暮れの有馬記念。先に抜け出したハーツクライにわずかに及ばず、初めての敗戦を喫した。ここまでの疲れが出たのか、いつもの末脚ではなかった。
翌年1月、ディープインパクトを所有する金子オーナーがJRA賞の会見で、「夏にヨーロッパ遠征に行きたい」と発言し、海外遠征を行う意向が示された。陣営が最初に選んだ阪神大賞典をあっさり勝利。迎えた天皇賞(春)では、スタートで出遅れるが、4コーナーで積極的に動いて行って、力でねじ伏せた。
その後、管理する池江調教師が凱旋門賞出走に向けた海外遠征プランを発表。その前哨戦に選んだのが春の祭典、宝塚記念。この日も単勝1.1倍に支持される。その期待に応えて見事勝利した。ここで世界統一ランキングの長距離部門で1位になる。
世界ランキング1位の称号、日本のファンの期待を一身に背負い、武豊騎手とディープインパクトは凱旋門賞に挑んだ。このレースは前年の同レースの優勝馬ハリケーンラン、前年のBCターフを制したシロッコの2頭が有力馬と目された。これにディープインパクトを加えた3強対決とされ、この3頭と当たるのをほかが嫌がったため、8頭立てのレースとなった。
レース当日は日本からも多くのファンが訪れて、ディープインパクトの馬券を買う行列ができたという。さらに武豊騎手の偽物のサインが入った新聞まで売られていたという噂まで耳にしたことがある。凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場はディープインパクト一色になりつつあった。その影響で、ディープインパクトの単勝オッズは1.5倍。かなりの支持を集めてのレースとなった。
レースではいつもより前に位置取るが、いつものしまいの足が見られず3着(のちに禁止薬物検出により失格)に終わった。敗因は日本よりも重い斤量と馬場、海外でのレース経験の浅さなどが言われている。その後、ディープインパクトは国内に戻り、ジャパンカップ、有馬記念を制覇して同年に引退。種馬となる時にシンジケートが組まれたが、その値段が51億円。日本馬史上最高価格となった。
ディープインパクトのすごいところは、種馬となってからも成功していること。初年度はさすがに産駒数が少なすぎて勝ち星ランキング40位だったが、2年目が4位。3年目から昨年の8年目まで1位を走り続けている。今年も産駒が250勝以上を挙げて2位以下を大きく離している。ここまで日本の競馬界に貢献する馬が次の時代に現れるのか。怪物誕生に期待したい。