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久々の優勝で一皮むけるか、元賞金女王上田桃子

2017 8/3 12:07hiiragi
momoko,ueda
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宮里藍選手や横峯さくら選手としのぎを削ったジュニア時代

2017年5月に行われた日本女子プロゴルフツアー12戦、中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンで優勝を飾ったのは上田桃子選手だった。
上田選手の優勝は2014年10月に行われた樋口久子森永レディス以来だから、3シーズンぶりの優勝となる。4月に行われたKKT杯バンテリンレディスオープンでは、最終日最終ホールで入れれば優勝のパーパットを外し、優勝を逃がしているだけに、喜びもひとしおだったに違いない。
上田選手は1986年生まれ、熊本県出身の女子プロゴルファーだ。9歳の頃よりクラブを握り、10歳になると熊本にある坂田塾に入門し、腕を磨いた。
坂田塾は男子プロゴルファーで作家でもある坂田信弘氏が主催する、世界に通用するプロゴルファー育成のために作られたジュニアゴルフ塾だ。九州には熊本と福岡に開設され(現在は神戸校のみ)、卓越したゴルフ理論と、独特な教育方針で多くのトッププレーヤーを輩出した。女子プロゴルフ賞金女王に九州出身選手が多いのもうなずける。
ともあれ、ここで鍛えられた上田選手は頭角を現し、全国レベルのジュニア大会で活躍、1年上の宮里藍選手や横峯さくら選手らのライバルとして、注目を集めた。

地元熊本県で飾ったプロ初優勝

プロ転向は2005年の77期生。プロ初年度は2試合に出場するも予選落ちと振るわなかったが、2006年のツアー出場優先順位を決めるクォリファイングトーナメントを2位で通過、ほぼ全試合の出場資格を得た。すると、新人戦加賀電子カップで見事優勝、2006年ツアーでの活躍に期待がかかった。
2006年は初戦のダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメントでは予選落ちに終わったが、徐々に実力を発揮、34試合に出場して賞金ランキング13位でシード選手の仲間入りを果たした。最高成績はクリスタルガイザーレディスゴルフトーナメントの3位タイ。優勝こそできなかったが、ベスト10入りが11回あった。特に最後の5試合に限れば4試合でベスト10に入り、初優勝が近いことを印象付けた。
記録面を見ても、バーディー数は291個で3位、平均ストロークは9位と、いつ優勝してもおかしくない成績だった。
2007年は初戦から好調なゴルフを見せ、地元熊本で行われたライフカードレディスゴルフトーナメントで、念願の初優勝を果たす。初日から単独首位に立ち、一度も首位を譲らない完全優勝で、2位に6打差をつける圧勝だった。

アメリカ女子ツアーで勝利、賞金女王も獲得

初優勝の後も、5月に行われたサロンパスワールドレディスゴルフトーナメントで2位、ヴァーナルレディースで5位と好調を維持し、6月に行われたリゾートトラストレディスで2勝目を挙げた。この試合は女王不動裕理選手とのプレーオフを制しての優勝で、価値ある1勝となった。
3勝目もプレーオフを制しての優勝だった。7月に行われたスタンレーレディスゴルフトーナメントは悪天候により最終日が中止。2日目までの首位横峯さくら選手、有村智恵選手、そして上田選手の3人によってプレーオフが行われ、見事優勝を勝ち取った。この優勝で賞金レースでも首位に躍り出て、賞金女王の座を目指すことになる。
そして迎えたミズノクラシックは、上田選手にとって忘れられない大会になった。この試合はアメリカ女子ツアー公式戦で、勝てばアメリカ女子ツアーのシード権が手に入る。首位タイで迎えた最終日は1番2番と連続バーディでスコアを伸ばし、7番ロングホールでは、2打目がカップに入るアルバトロスを達成、後続を突き放した。バックナインも手堅く2バーディ、1ボギーでまとめ2位に2打差をつけて優勝、アメリカ女子ツアー初制覇を成し遂げる。
この優勝で賞金女王の座にも大きく近づいた。そして大王製紙エリエールレディスオープンで5勝目を飾り、賞金女王の座を確定させた。

日本女子ツアーとの掛け持ちで戦ったアメリカ女子ツアー

2008年からはアメリカ女子ツアーに参戦すると、さっそくハワイで行われた開幕戦SBSオープンから出場し、女王アニカ・ソレンスタム選手と優勝争いを演じた。一時は首位に並ぶ場面も作ったが、さすがにソレンスタム選手は強く、2位に2打差をつけて優勝、上田選手は3打差5位タイで競技を終えた。
このアメリカ女子ツアー参戦初戦での優勝争いは、自信になったに違いない。この年はアメリカ女子ツアー19試合に出場、賞金ランキングは45位で終えている。並行して日本女子ツアーでも13試合に出場、2回の優勝を飾り賞金ランキングは17位だった。
アメリカ女子ツアー参戦2年目となった2009年は、18試合に出場、賞金ランキングは33位まで順位を上げた。日本女子ツアーには12試合に出場、1勝を挙げて賞金ランキングは21位に着けた。
アメリカ女子ツアー制覇が期待された上田選手だったが、賞金ランキングは2009年の33位をピークに下降に転じ、2013年には88位でシード権を失った。そしてそれを機にアメリカ女子ツアーから撤退する。
これまでの6年間は同じような配分で、アメリカ女子ツアーと日本女子ツアーを戦った。もし、同時期に戦った宮里藍選手や宮里美香選手のようにアメリカ女子ツアーに専念していたら、もっと違った結果になっていたかもしれない。

2年半ぶりに勝ち取った待望の優勝と戦友との別れ

2013年アメリカ女子ツアーのシード権を失った上田選手には、日本女子ツアーに復帰するうえで大きな問題があった。2012年に日本女子ツアーのシード権も失っていたのだ。
2013年も自身の最終戦を残して、賞金ランキング55位とシード圏内には入っていない。このままだと日本女子ツアーに復帰しても、限られた試合にしか出場できないのだ。
そんな中で迎えた、大王製紙エリエールレディスオープンだったが、踏ん張りを見せる。初日6位タイから徐々に順位を上げ3位タイで競技を終了、賞金ランキングも47位になりシード権を確定させた。 2014年は2勝を挙げ、2015年には年間10勝の公約をしたが無冠に終わる。2016年も優勝は果たせなかった。
そして迎えた2017年、5月に行われた中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンで2年半ぶりに優勝を飾った。今年は、優勝がなかったら引退も考えたと話す上田選手。この優勝で、もう1度賞金女王を目指してほしい。
2017年限りで引退表明をした宮里選手とはアメリカ女子ツアーを2人だけで戦った時期もある戦友だ。宮里選手の国内最後の試合になるかもしれないサントリーレディスオープンゴルフトーナメント(2017年6月)では予選ラウンドの2日間を同じ組で回り、戦友に別れを告げた。 2017年は一味違う上田桃子選手が見られるかもしれない。