シーズンで1500~2000万円の経費
女子プロゴルフの昨シーズン賞金女王で、東京五輪銀メダリストの稲見萌寧が楽天グループと所属契約を結んだことが発表された。稲見と同社は2019年から「スポンサー契約」をしていたのが、今シーズンからは「所属契約」に“格上げ”。ところで日本のゴルフ界特有の、この契約とはいったいどのようなものなのか。
「所属」という言葉の響きからして、その企業の一員として何かしらの仕事をするイメージを持つ人もいるかもしれないが、これはアマチュアの「実業団スポーツ」の形態。ゴルフにおける「所属契約」は、その選手にとってのメーンスポンサーを意味することが多い。
では「スポンサー契約」とは何が違うのか。こちらの場合は契約金を払うことでクラブやシューズ、ウエアなどの用具を使ってもらう、あるいはウエアやキャップ、バッグに企業ロゴを付けてもらうのが一般的だ。
これが「所属契約」になると、ツアーの転戦費用なども負担してくれるようになるケースが多い。同じプロスポーツでも野球やサッカー、バスケットなどは試合時の移動や宿泊の費用はチームが負担する。ゴルフの場合はこれがすべて自腹だ。
選手自身に加えてキャディーやマネジャー。コーチにトレーナーといったスタッフを伴って北海道や九州まで遠征するとその費用は1試合で数十万円になる(以前、ある男子プロが1週間分のホテルへの支払いが諸々のスタッフ分を含めて100万円だったというのを聞いて仰天したことがある)。
この出費に対して、予選落ちしてしまうとその週の収入はゼロで大赤字となる。そのため予選通過できるか微妙なレベルの選手の行動はシビアだ。無駄な宿泊費を少しでも減らすために、予選2日目の朝は「予選を通過できたら今夜また戻ってきて泊まります」と言ってホテルを一度チェックアウトする。
北海道での大会では「今回はマイレージ(無料の特典航空券)で来ていて、帰りの予約は日曜日の夜。予選落ちしても変更できないから、通過できて本当に良かったです」と話していた選手もいた。
日本の女子ゴルフツアーは今シーズン38試合が開催される。ホテルのグレードや移動の手段をどうするか(例えば関東~関西の移動で飛行機や新幹線を利用し、レンタカーを借りるのと、自分の車で移動するのでは費用はずいぶん変わってくる)、スタッフを何人伴うかにもよるが、シーズンをフル参戦すると経費だけで1500~2000万円かかると言われている。そのためプロゴルファーにとって経費の心配がなくなる「所属契約」があることはとても大きいのだ。
企業にとっては露出度アップが最大のメリット
「所属契約」したから経費を負担するという規定があるわけではないので、その内容も金額も選手によってケースバイケースだが、これが「所属」と「スポンサー」の大まかな違いだ。
メディアで報道される際は「稲見萌寧(22=Rakuten)」と多くの場合表記され、トーナメントでもスタートホールでは「楽天所属、稲見萌寧」と紹介されるので、他のスポンサーとは露出度が格段に違う。これが企業にとって「所属契約」を結ぶ最大のメリットだ。
また選手にとっては企業などの「看板」を背負う分、勝利数やタイトル獲得などの成績によって「ボーナス」が支給される契約となることもある。責任と共に、見返りも大きくなるということだ。
海外には「所属」という概念がないので日本独特の形態だが、他を見てみるとサントリーは宮里藍、渋野日向子と契約。昨シーズン稲見と賞金女王を最後まで争った古江彩佳は、日本初の海外メジャー制覇を達成した樋口久子と同じ富士通と所属契約を結んでいる。
楽天とスポーツの関わりというと、国内ではJリーグのヴィッセル神戸にはイニエスタ、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスには田中将大というスーパースターを抱えている。
また海外ではサッカーのバルセロナ(スペイン)、NBAのゴールデンステート・ウォリアーズのスポンサーになるなど、「超一流」と呼ばれる選手やチームと契約する傾向がある。
稲見は3月3日に開幕する新シーズンからは正面に「Rakuten」のロゴが入ったキャップを着用する。プレー時にキャップかバイザーを常に身に付けているプロゴルファーにとって、この場所は最も露出度が高い。選手によっては所属などのメーンスポンサーではなく契約するメーカーのロゴが入るケースも多いのが、ここに自社のロゴを入れる楽天の期待度の高さが表れているといえる。
ロゴを隠さないように髪の結び目にも気配り
余談だが、ここのロゴはプロゴルファーにとって絶対に隠れてはいけないもの。キャップにサングラスを置くときは頭頂に近い位置にかけたり、バイザーを好む選手は髪を後ろで結わくなどして必ず露出するようにしている。
日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の公式サイトでも早々に所属先が昨シーズンまでの「都築電気」から変更されていた。ただ、表記は「Rakuten」。記事は縦書きで掲載されることが多かった新聞出身の身としては「楽天」の表記の方がパっと見も、わかりやすいような気がするのだが…。
《ライタープロフィール》
森伊知郎(もり・いちろう)横浜市出身。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社でゴルフ、ボクシング、サッカーやバスケットボールなどを担当。ゴルフではTPI(Titleist Performance Institute)ゴルフ レベル2の資格も持つ。
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