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【フィギュアスケート女子】世界ジュニア選手権でメダリストとなった日本人選手

2018 1/19 10:37Mimu
村上佳菜子
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昔から天才少女として知られていた伊藤みどり

世界ジュニア選手権では、数多くの選手たちがメダルを獲得してきた。

  • 1984年 札幌:伊藤みどり(銅)
  • 1988年 ブリスベン:八木沼純子(銀) 柏原由起子(銅)
  • 1989年 サラエボ:八木沼純子(銀)
  • 1990年 コロラドスプリングス:佐藤有香(金)
  • 1993年 ソウル:小岩井久美子(金)
  • 2002年 ハーマル:中野友加里(銀) 安藤美姫(銅)
  • 2003年 オストラヴァ:太田由希奈(金) 安藤美姫(銀)
  • 2004年 ハーグ:安藤美姫(金)
  • 2005年 キッチナー:浅田真央(金)
  • 2006年 リュブリャナ:浅田真央(銀)
  • 2010年 ハーグ:村上佳菜子(金)
  • 2015年 タリン:樋口新葉(銅)
  • 2016年 デブレツェン:本田真凛(金) 樋口新葉(銅)
  • 2017年 台北:本田真凛(銀) 坂本花織(銅)

 

世界ジュニア選手権(女子シングル)で初めてメダルを獲得した選手が、伊藤みどりである。
のちに女子選手として初めてトリプルアクセルを決めることとなる彼女であるが(88年に初めて記録)、この当時から天才少女としてその名を知られており、なんと全日本選手権に小学5年生で3位入賞を果たしていたほどだ。
世界ジュニア選手でメダルを獲得するのはその3シーズン後、中学2年生でメダルを獲得している。

80年代にはさらに2人のメダリストが登場!90年代には金メダリストも

88年の世界ジュニア選手権では、八木沼純子・柏原由起子の2人がメダルを獲得している。女子にもレベルの高いジャンプが求められる時代になっていたが、2人とも高いジャンプ技術に加えて優雅な表現力を要しており、伊藤とともに女子フィギュアを引っ張っていく存在となった。

特に八木沼は翌年の世界ジュニア選手権でもメダルを獲得しており、その後の全日本選手権では、毎年のように伊藤と優勝争いをするほどにまでに成長。88年のカルガリーオリンピックには、2人そろって代表に選ばれている。

また90年代には佐藤有香、小岩井久美子の2人が金メダルを獲得した。彼女たちもやはり、ジャンプが大きな武器になった。とりわけ佐藤は3回転ジャンプを含むコンビネーションジャンプが大きな得点源となり、94年の世界選手権でも金メダルを獲得するほどであった。

2000年代前半からは、メダリストが続出!

2000年代になると、メダルを獲得する選手が続出する。2002年から2006年までは5大会連続でメダル獲得、2人以上の日本人選手が表彰台に上がる年もあった。
まず2002年の大会でメダリストとなったのが、中野友加里(銀)と安藤美姫(銅)だ。

中野といえば、美しい輪を描くドーナツスピンが有名であるが、高難度のジャンプをこなす選手としても知られ、トリプルアクセルを成功させた選手でもある。オリンピックには選出されなかったが、大きな存在感を放った選手だ。

2002年大会で銅メダルを獲得した安藤は、翌2003年の大会で銀、さらに2004年の大会では金と、3大会連続でメダルの色をグレードアップさせていった。当時女子選手として世界で初めて4回転サルコウを跳んだ選手であり、この4回転と多彩なコンビネーションジャンプで、世界の選手たちと対等に渡り合った。

安藤が銀メダルを獲得した2003年大会では、太田由希奈が金メダルを獲得している。 柔軟な体を生かした豊かな表現力が特徴で、まるでバレリーナをほうふつとさせる選手であった。2006年のトリノオリンピック代表候補としても期待されていたほどだ。
しかし、2003-2004シーズンに右足首の骨挫傷(骨の内部が損傷)という大ケガが判明。懸命のリハビリに取り組んだものの、完治することはなく、2008年に引退した。

浅田真央とキム・ヨナのライバル関係もこの時期から始まった

2005年、2006年大会、浅田真央が2年連続でメダルを獲得している。これまで伊藤みどり、中野友加里と2人のトリプルアクセルの使い手を紹介してきたが、このジャンプをもっとも自分の武器にしていたのが浅田だろう。
すでにこの当時からトリプルアクセルを武器としており、日本のジュニアにはもはや敵なし、そして初出場となった2005年に世界ジュニア選手権でも、いきなりの優勝をはたしている。

ちなみに浅田が優勝した2005年大会で、2位につけたのがキム・ヨナ。そして浅田が2位となった2006年大会では、そのキム・ヨナが優勝。
のちに浅田の最大のライバルとして立ちはだかる彼女であるが、その関係性はこの時からずっと続いていたようだ。

どんな時でも佳菜子スマイル!強い心で滑ったスケート人生

2010年大会では村上佳菜子が金メダルを獲得した。いつもニコニコとした笑顔が印象的で、見ているものに元気を与えるようなスケートが魅力の彼女。
その後も国際試合で結果を出し、2014年ソチオリンピックにも出場している。

残念ながらオリンピック以降はケガもあって満足な演技はできなかったが、それでも笑顔を絶やすことはなかった。見た目以上に強い心を持った選手なのだろう。
2017年4月に引退を発表。現在はプロスケーターやタレントとして活動し、今までと変わらない笑顔を見せてくれている。

近年は再び有力選手が台頭

ここ数年、再び女子フィギュア界に注目選手が続出している。2015年大会以降、3単会連続で日本人選手がメダルを獲得しているのだ。
樋口新葉が2015年・2016年と2年連続の銅メダル、本田真凛が2016年大会で金メダル、2017年大会で銀メダル、そして坂本花織が2017年大会で銅メダル。3年間で、3人の選手が5つのメダルを獲得した。

特に坂本は、いまやシンデレラガールだ。2017年の大会で銅メダルを獲得し、翌シーズンから本格的にシニアの大会に挑戦すると、12月の日本選手権では宮原知子に次ぐ総合2位に入り、樋口らを振り切って平昌オリンピックの代表に選出されるまでとなった。
特にショートでは宮原を超える点数をたたき出しており、爆発力では日本人選手でもトップクラスなのではないだろうか。このジュニア世界選手権からわずか1年足らずであるが、一躍その名が全国に知れ渡ることとなった。

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