4回転半ジャンプ成功の目標は今後も継続
「引退」という言葉は自ら使わなかった。フィギュアスケート男子で2014年ソチ、2018年平昌冬季五輪金メダリストの27歳、羽生結弦(ANA)が7月19日、競技会からの「卒業」とプロ転向を表明した。テレビで生中継された記者会見は力強いまなざしで涙も見せず、どんな質問にも前向きな姿勢を貫き、次のステージへの希望にあふれた晴れやかな表情が印象的だった。
今後はアイスショーに軸足を移し、前人未到のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)成功も目標に掲げた。個人としては最年少の23歳で国民栄誉賞を受賞したスケーターは新たな舞台でさらなる「理想の形」へと飛躍を期したが、20年近くの競技人生における金字塔の数々を数字で振り返ると、改めてその偉業が浮かび上がる。
3つの記録が「ギネス世界記録」に認定
圧倒的な強さを証明したのが男子初の3連覇を達成した2015年12月のグランプリ(GP)ファイナル(バルセロナ)だった。ショートプログラム(SP)の110.95点とフリーの219.48点、そして合計得点330.43点の3つで樹立した世界歴代最高得点(いずれも当時)は、ギネス・ワールド・レコーズ社から2016年8月22日にギネス世界記録として認定された。
羽生はGPファイナルのSPで4回転サルコー、4回転―3回転のトーループ、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を完璧に決め、自らの世界歴代最高得点を更新。フリーでも3度の4回転を含むいずれのジャンプもほぼ完璧に決めて自身の持つ世界歴代最高を塗り替え、合計得点も史上初の300点超えとなったNHK杯での記録を8点以上更新した。
羽生は金メダルに輝いた2014年2月のソチ冬季五輪でもSPで樹立した世界初の100点超えとなる101.45点が、ギネス世界記録として認定証を贈られている。
66年ぶりの五輪2連覇と伝説のフリー
2018年平昌冬季五輪は右足首を痛めた影響も懸念されたが、SPでサルコーとトーループの2種類の4回転で挑んで首位に立ち、フリーでも4度の4回転を含む全てのジャンプを着氷する圧巻の演技で男子では1948年サンモリッツ、1952年オスロ大会のリチャード・バットン(米国)以来、66年ぶりの2連覇を達成。五輪出場も危ぶまれたピンチを乗り越え、再び栄冠に輝いた。
特に笛や太鼓の音色からなる映画「陰陽師」の音楽で演じたフリーの演目「SEIMEI」は思い入れも深く、代表作の一つとして伝説になった。
主要国際大会制覇の「スーパースラム」達成
2020年2月、羽生はソウルで行われたフィギュアスケートの四大陸選手権で初優勝し、男子で初めてジュニア、シニアの全主要国際大会を制覇する「スーパースラム」を達成。新たな金字塔を打ち立てた。
羽生はそれまで2014年ソチ、2018年平昌両冬季五輪を2連覇し、2014、2017年世界選手権を制覇。2013~2016年グランプリ(GP)ファイナルで4連覇を成し遂げ、2010年世界ジュニア選手権、2009年ジュニアGPファイナルでも頂点に立っていた。
女子では金姸児(韓国)とアリーナ・ザギトワ(ロシア)が「スーパースラム」を成し遂げているが、ジュニア時代から継続して実績を重ねたからこその偉業だった。
IOC会長も称賛、五輪「生きている証し」
「あなたこそ真の五輪王者だ!輝かしい五輪のキャリアに賛辞を贈る。新たなスケート人生、次のステップへの幸運を祈る」。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は羽生の競技会からの「卒業」を受け、IOCの公式ツイッターにメッセージを寄せた。
テレビで生中継されて世界中が注目した会見で、羽生は2度の金メダルに輝いた五輪について「自分が生きている証し。皆さんとともに歩み続けた証しでもあるし、これから頑張っていくための土台でもある」と語った言葉も印象的だった。
今後も「生きている証し」のリンクで、羽生の世界を見せてくれるのだろう。
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