10年後のボクシング界を見据え「夢のあるスポーツに」
ボクシング界をざわつかせるだけの規模と演出だった。8月14日、元世界3階級制覇王者の亀田興毅氏(35)が、イベントを企画・運営する「プロモーター」としての第一歩を刻んだ。
会場は大阪市のエディオンアリーナ大阪第1競技場。通常は世界タイトルマッチでしか使用されない大会場で、巨大スクリーンやリングへの花道、まぶしいほどの照明など、世界戦並みの派手な舞台を用意した。また、インターネットテレビ「Abema TV」が全試合を無料で生中継した。
「やっぱりボクシングは勢いがあるなぁと、見せていかないといけない。10年後のボクシング界のことを考えている。ボクサーが稼げて、夢のある、あこがれのスポーツにしていきたいんで」
試合は日本、東洋太平洋のタイトルマッチもあったが、4回戦の選手一人ひとりにも入場からスポットライトを当てた。スポンサーは32社といい、費用については「億近く」、採算は「少しの赤字」と明かした。
筆者提供
主催者発表で観衆は5000人。集客しにくいお盆で、2階席には空席もあったが、まずまずの入りといえるだろう。その裏で、亀田氏はかなりの数の招待券を全国のジムに送っている。関西を中心に、多くの現役ボクサーが会場に来ていた。亀田氏の狙いはここにある。
「自分もここで戦ってみたい」と思わせる舞台を、特に中小のジムに所属する選手たちに見せたかったのだ。招待券はそのための先行投資といえる。
埋もれた才能を発掘する「構造改革」
亀田氏は大阪市西成区の「K WORLD3ジム」の会長ではあるが、指導は基本的にトレーナーに任せている。プロモーターとして、今回のイベント「3150(サイコー)FIGHT」をブランド化し、継続していくことが一番の仕事になる。
プロモーターとして力を込めるのは、所属ジムがどこかを問わずに門戸を開くという点だ。
「この興行は『プラットホーム』。公平で、選手はみんな同じ条件でリングに上がれます。いい試合をした選手は、もちろん次のチャンスがきます」
国内では自主興行ができる大手ジムの選手ほど試合に恵まれ、チャンスをつかみやすいのが現状だ。中小、あるいは地方ジム所属の選手は、大手ジムの選手の対戦相手として呼ばれるのを待ち、厳しい試合に勝ってのし上がっていくしかない。
しかし、コロナ禍もあって興行数が減り、試合枯れしてひっそりとやめていくプロボクサーが後を絶たない。日本ボクシングコミッションの事業報告書によると、男子プロボクサーは2019年の1842人から、翌年は1314人に減っている。亀田氏は「全国に約270のジムがあるが、潤っているジムは少ない」と指摘する。
小さいジムや、地方に隠れた才能を拾い上げること。それが、大手ジム主導のボクシング界に参入した亀田氏が掲げる「構造改革」だ。
福永宇宙が激闘の末に11連勝
船出となるイベントで、亀田氏は早くもスター候補を発掘した。高知・黒潮ジムの福永宇宙(そら)、24歳。スーパーバンタム級の日本ランカーは、この大舞台でデビュー以来の連勝を「11」に伸ばした。
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元日本ユース王者の山下賢哉(26)=東京・JBスポーツ=との8回戦は激闘になった。序盤は野性的な山下が荒々しく攻め、3回終盤には連打を浴びた福永がプロ初のダウンを奪われる。
続く4回、猛攻を受けた福永はグロッキー状態に。ロープを背に詰められ、万事休すかと思われたが、そこから押し戻し、右の3連打などで形勢を逆転した。両者とも流血し、顔を腫らして殴り合った。ジャッジは3-0の小差判定で福永を支持した。
試合後、両目がふさがった顔で福永は言った。
「苦しかったけど、楽しかったです。強い相手だから楽しかったんだと思います。どう見えたかは分かりませんが、ダウンしても、僕自身は冷静でした」
福永は、亀田プロモーターがスカウトしてこの舞台に連れてきた選手だ。
高知県四万十町出身。中学は野球部、高校は柔道部だったが、さしたる実績はない。20歳で高知県唯一のプロ加盟ジム・黒潮ジムに入門した。当時は建設現場で働いており、鍛え上げられた肉体の持ち主だったが、「特別な素質は何も感じなかった」と小川竜司会長は言う。幼少時から競技を始め、高校、大学とアマチュアで実績を積んで首都圏のジムに入門するのが王道とすれば、それとは正反対の道を歩んできた。
「人生で初めて本気になった」というボクシングで、福永の才能は開花した。関西への出稽古を繰り返して力をつけ、新型コロナ感染が広がった2020年度に全日本新人王に輝いた。これは四国のジム所属選手としては初の快挙だった。
黒潮ジムは例年、秋に地元で自主興行を行っているが、それ以外は関西などに出向いて試合を重ねるしかない。福永は新人王獲得後、けがなどもあり、昨年11月に高知で戦った1試合にとどまっていた。今春には大阪での試合を模索したが、相手が見つからないなどの事情で流れていた。そんなとき、亀田氏サイドからジムに打診があり、今回の試合につながった。
「ベストバウト賞」30万円、来春から毎月開催
亀田氏は全試合終了後、福永と山下をリングに上げ、最も盛り上がった試合をした両者に「ベストバウト賞」として30万円を授与した。
亀田氏は今後、大会場での「3150FIGHT」、それより小さい規模の「3150FIGHT サバイバル」を並行して行う。サバイバルでアピールした選手が、大会場での出場チャンスを得るというシステムだ。来年4月からは毎月開催する考えも明かした。
スター選手へのレールに乗った福永はもちろん、敗れながら評価を上げた山下も、亀田氏にとって重要な人材になるはずだ。亀田氏の課題は、いかに全国から魅力的なタレントを数多く集められるか。それが、このイベントが継続するためのカギになる。
《ライタープロフィール》
伊藤雅哉(いとう・まさや)1977年9月4日、三重県桑名市生まれ。朝日新聞スポーツ部デスク。学生時代にアマチュアボクシングで1戦1勝、30歳を過ぎてプロテスト2回不合格。2018年から関西でボクシング取材を始め、Twitterでも選手情報を発信中。これまでに所属したプロ加盟ジムはWOZ、E&Jカシアス、黒潮、グワップ協栄、尼崎。
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