「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

井上尚弥とノニト・ドネアの友情、優勝トロフィーを貸した理由とは?

2022 6/4 06:00森伊知郎
井上尚弥,Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

ドネアと息子の約束を叶えるために快諾

ボクシングファン注目の一戦、7日にさいたまスーパーアリーナで行われるWBA・IBF・WBC世界バンタム級3団体王座統一戦、井上尚弥(29=大橋)VSノニト・ドネア(39=フィリピン)が目前に迫ってきた。井上が判定勝ちした前回以来、約2年半ぶりの対戦を前に、両者の間にある友情を振り返ってみたいと思う。

2019年11月7日に行われたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)決勝の試合終了のゴングが鳴った後、井上とドネアの二人はそれまで命を削る激闘を繰り広げていたとは思えない爽やかな表情でハグし合った。このシーンに超満員だったさいたまスーパーアリーナには「最高のショーを見せてくれてありがとう」という雰囲気が漂った。

その後の表彰式では、判定勝ちした井上が巨大なトロフィーを高々と掲げて喜びを表現した。だが、そのトロフィーは翌朝、敗れたドネアの部屋にあった。

これは、なぜか。

実はドネアは試合前、当時6歳と4歳だった二人の息子に対して「優勝してトロフィーを持って帰ってくる」と約束していた。だが井上に敗れたことで約束は果たせなくなる。それでも、せめて実物のトロフィーを見せたいと「恥をしのんで、イノウエにお願いして、一晩だけ借りた」(当時のドネアのツイッター)。

井上はこの申し出を快諾。ドネアが試合後にホテルに戻ったのは未明だったため翌朝に息子たちは予定通りトロフィーと“対面”。だが「これはお父さんのものではない」と告白された息子たちは泣き出す。

それでも幼いながらに井上がしてくれた親切の意味を理解すると涙を必死にこらえて「サンキュー・ミスター・イノウエ。コングラチュレーション」と動画でお礼のメッセージを送った。さらに関係者がトロフィーを返却に行くために引き取りに来た際には、十数人の陣営全員を集合させて、井上への感謝の意思表示をした。

負けた相手に優勝トロフィーを借りるのは、屈辱以外の何物でもない。それをお願いしたドネア。さらにコロナ前の当時は、試合翌日の午後に勝者の「一夜明け会見」が設定されており、多くのメディアが集まるのは確実。万が一その場にトロフィーがなかったら会見は締まらないものになってしまう可能性もある。

それを全く気にせず、貸した井上も大したものだが、普通ならあり得ないそんなやり取りができるぐらいの信頼関係が二人には築かれていたのだ。

ナルバエス対策を伝授したドネア

そのきっかけのひとつとなったであろう出来事があったのが2014年11月。井上にとって2階級目の世界王座挑戦となるWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチを約1カ月後に控えたタイミングで、ドネアが大橋ジムを訪問した。

井上は同年4月に日本最速(当時)となる6戦目で世界王座(WBCライトフライ級)を獲得し、9月の初防衛後に王座を返上。減量苦から一気に2階級上げて王者のオマール・ナルバエスに挑むことが決まった。

この時のナルバエスは王座を11連続防衛中。プロアマ通算約150戦で一度もダウンしたことがない実績もあって「さすがの井上も厳しいかも…」との声が少なからずあった。

そのナルバエスが唯一敗れた相手が他ならぬドネアだった。その日は文字通り“手取り足取り”の熱血指導で井上に対策を伝授。練習後に直撃した筆者に対して「勝てると思う」と言い切った。

そして試合は初回から井上が2度のダウンを奪い、2ラウンドにも2度のダウンを奪う一方的な展開のKO勝ちで2階級制覇を達成した。

この衝撃的な勝利が世界のボクシング界に「モンスター」の名を一気に広めることになった。それだけに勝利を“アシスト”してくれたドネアには感謝の気持ちがあって当然。友情、のレベルを超える信頼関係があるということだ。

2019年11月8日。激闘から一夜明け、宿泊していた都内のホテルで取材したドネアは「もう一段階レベルアップした自分と、イノウエで戦ってみたい」と言い、さらに「負けると思ってリングに上がることはない」と強い口調で語っていた。それがいよいよ現実のものとなった「ドラマ・イン・サイタマ2」がどんなものになるのかが楽しみだ。

《ライタープロフィール》
森伊知郎(もり・いちろう)横浜市出身。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社でゴルフ、ボクシング、サッカーやバスケットボールなどを担当。ゴルフではTPI(Titleist Performance Institute)ゴルフ レベル2の資格も持つ。

【関連記事】
井上尚弥は「鉄の顎」ドネアを倒し切れるか?焦点はKOラウンド
ボクシング井上尚弥が目指す「4団体統一王者」はなぜ難しいのか?
井上尚弥に期待されるWBCバンタム級王座「奪回」と世界最速記録