ドネアと息子の約束を叶えるために快諾
ボクシングファン注目の一戦、7日にさいたまスーパーアリーナで行われるWBA・IBF・WBC世界バンタム級3団体王座統一戦、井上尚弥(29=大橋)VSノニト・ドネア(39=フィリピン)が目前に迫ってきた。井上が判定勝ちした前回以来、約2年半ぶりの対戦を前に、両者の間にある友情を振り返ってみたいと思う。
2019年11月7日に行われたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)決勝の試合終了のゴングが鳴った後、井上とドネアの二人はそれまで命を削る激闘を繰り広げていたとは思えない爽やかな表情でハグし合った。このシーンに超満員だったさいたまスーパーアリーナには「最高のショーを見せてくれてありがとう」という雰囲気が漂った。
その後の表彰式では、判定勝ちした井上が巨大なトロフィーを高々と掲げて喜びを表現した。だが、そのトロフィーは翌朝、敗れたドネアの部屋にあった。
これは、なぜか。
実はドネアは試合前、当時6歳と4歳だった二人の息子に対して「優勝してトロフィーを持って帰ってくる」と約束していた。だが井上に敗れたことで約束は果たせなくなる。それでも、せめて実物のトロフィーを見せたいと「恥をしのんで、イノウエにお願いして、一晩だけ借りた」(当時のドネアのツイッター)。
井上はこの申し出を快諾。ドネアが試合後にホテルに戻ったのは未明だったため翌朝に息子たちは予定通りトロフィーと“対面”。だが「これはお父さんのものではない」と告白された息子たちは泣き出す。
それでも幼いながらに井上がしてくれた親切の意味を理解すると涙を必死にこらえて「サンキュー・ミスター・イノウエ。コングラチュレーション」と動画でお礼のメッセージを送った。さらに関係者がトロフィーを返却に行くために引き取りに来た際には、十数人の陣営全員を集合させて、井上への感謝の意思表示をした。
負けた相手に優勝トロフィーを借りるのは、屈辱以外の何物でもない。それをお願いしたドネア。さらにコロナ前の当時は、試合翌日の午後に勝者の「一夜明け会見」が設定されており、多くのメディアが集まるのは確実。万が一その場にトロフィーがなかったら会見は締まらないものになってしまう可能性もある。
それを全く気にせず、貸した井上も大したものだが、普通ならあり得ないそんなやり取りができるぐらいの信頼関係が二人には築かれていたのだ。