世界選手権男子複合で金メダル
2020年東京五輪で初めて採用されるスポーツクライミングで海外選手から「ニンジャ」と呼ばれる23歳の男子エース、楢崎智亜(TEAM au)が8月21日、東京都八王子市のエスフォルタアリーナ八王子で行われた世界選手権の複合決勝で日本人初となる金メダルを獲得し、銀メダルに輝いた女子の第一人者、野口啓代(TEAM au)に続いて東京五輪代表に決まった。
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重力に逆らって人工壁をよじ登るスポーツクライミングは、コース設定を攻略する「頭脳戦」の要素を併せ持ち、ホールド(突起物)を指先でつかむテクニックや無尽蔵のスタミナに高度な戦略を要求される人気の都市型スポーツ。その中でも高さ5メートル以下の壁に設定されたルート(課題)を制限時間内にいくつ攻略できたかを競う「ボルダリング」の国別ランキングで日本は5年連続1位を誇る最強国だ。
五輪で実施される複合は「ボルダリング」だけでなく、高さ15メートルの壁を登る速さを競う「スピード」、6分の制限時間内に到達した高さが勝負となる「リード」を合わせた3種目の総合力を問われる。体型的に世界でも小柄な日本勢がなぜ強いのか――。世界選手権では男女とも8人による決勝に半分の4人ずつが残り、選手層の厚さとその強さを証明した。
柔軟性と瞬発力、持久力を兼ね備えた「モンスター」
最強のオールラウンダーに成長した楢崎智は170センチ、60キロと海外勢と比べて決して大きな体格ではないが、幼稚園児の頃に始めた器械体操で培った柔軟性、さらに持ち前の身体能力を生かしたダイナミックな動きが武器。枠にとらわれない「発想力」でコース設定の課題を読み解く思考力も随一で、今や日本の強さを象徴する存在だ。
体脂肪率は驚異的な2%前後をキープし、ついた異名は「フィジカルモンスター」。マシンで鍛え上げた筋骨隆々の体でなく、柔軟性と瞬発力、持久力を兼ね備えたバランスの取れた肉体が壁を縦横無尽によじ登ることを可能にしている。
ボルダリングは日本向き?
日本人クライマーはリーチが短く、体重が軽いという特徴があるが、単純に指先で体重を支えるには軽い方が使うパワーを省エネできる有利さがある。さらに複雑な設定でも体を縮めて小さくなれるので傾斜がある中でも優位とされる。
ボルダリングは身体能力だけでなく、知力や空間把握能力も問われる種目。楢崎智は攻め方も大胆不敵で、脚を高く上げる動きや左右のホールド(突起物)へ同時に手を伸ばす動きを瞬時に導き出す。歴代の世界王者の中には長身で体重が軽い例外的な選手もいるが、日本人の体型がまさに適しているという専門家の分析も少なくない。選手の安全のためにロープを引っ掛ける器具を使用しながら、クライミング脳と持久力を必要とするリードも日本の得意種目だ。
苦手スピードも「トモア・スキップ」で攻略
楢崎智は昨年、フライングに泣いて表彰台を逃す敗因となった苦手のスピードも類いまれなる研究心で一気に殻を破った。
この種目は陸上で言えば100メートルのような瞬発力の勝負。スタート直後のホールド(突起物)を使わずに直線的に登る独自のスタイルは「トモア・スキップ」と称され、今や世界を席巻する。この動きで約0.3秒タイムを短縮できるとされ、1本目は弟・明智(TEAM au)との兄弟対決を制し、フランス戦との2本目で自身の持つ日本記録を更新する6秒159をマークして2位に入ると、自分で切り開いたステップで流れを引き寄せた。
難問も「一発回答」
単独種目で金メダルを獲得した得意のボルダリングは繊細さと豪快さが共存する登りで堂々の1位。難攻不落の第1課題を「一発回答」で正解を導き出し、一撃必殺でクリアする圧巻のパフォーマンスだった。
続く第2課題も誰も攻略できない中、最後のジャンプでホールドをつかみ取る唯一の完登で制圧。最後のリードも2位でまとめ、大会前に「世界一」を宣言した通り、他を寄せ付けない圧倒的な強さだった。
ジム5倍増、愛好者60万人
全国に広がるスポーツクライミング人気も最近の強さを後押しする要因だろう。日本山岳・スポーツクライミング協会によると、気軽に楽しむことができるジムの数はここ10年間で約5倍の500カ所近くに急増。競技人口(愛好者)も推定約60万人に上る。
体と頭を使ってルートを攻略する「達成感」にはまる老若男女が多く、全国各地で次世代のジュニア選手が続々と育っていることが底上げにつながっている。
こうした動きが企業の目にも留まり、トップ選手を積極的にサポート。取り巻く環境は一昔前とは比べものにならない状況だ。
日本の進化、海外も注目
日本の進化は他国からも注目をされており、海外選手から「日本の秘密は何?」との声も聞かれる。難コースを攻略するには将棋のように先を読む分析力、決断力、危機管理能力などビジネスでも必要なさまざまな能力が問われる。
伝統的に強いのはフランス、イタリア、ドイツなど険しい岩壁を擁する欧州のアルプス山脈周辺の国々だが、近年はアジアや北米も急速に力をつけてきた。
スポーツクライミングの複合は体操でいう「個人総合」であり、必要なすべての要素が一人の選手に求められる。楢崎智のモットーは「知識には限界があるけど、想像力には限界がない」。1年後、夢舞台で世界最強の力を再び証明する。
楢崎 智亜(ならさき・ともあ)小学5年で競技を始めた。高い身体能力を生かし、ボルダリングは2016、19年にワールドカップ年間総合と世界選手権の2冠。複合では5月のジャパンカップで2連覇を達成した。栃木・宇都宮北高出、TEAM au。170センチ、60キロ。23歳。宇都宮市出身。