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切れ味抜群!?シュートを投げる投手は誰がいる?

2018 1/2 20:07cut
野球ボール
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「幕張の防波堤」小林雅英選手

千葉ロッテマリーンズの守護神として活躍し、「幕張の防波堤」とも呼ばれていた小林雅英選手。150キロを超えるストレートに球速がさほど変わらない高速シュート、そしてスライダーを武器に、2001年から2007年までの間チームの守護神を務め続けた。
その後、メジャーリーグのクリーブランド・インディアンスにも移籍し、初年度から57試合に登板するなど活躍したが、2年目は結果を残せず日本へ帰国。所属したのはロッテではなく読売ジャイアンツだったが、巨人での小林選手はロッテ時代の輝きを放つことはできなかった。
その後、オリックス・バファローズへ移籍。2011年限りで引退となってしまうが、その後はオリックス、ロッテでコーチを務め、後進の育成を行っている。小林選手のようなシュートボーラーの誕生に期待がかかる。

巨人戦29勝の巨人キラー川崎憲次郎選手

1990年代における巨人キラーと呼べるのは、川崎憲次郎選手ではないだろうか。
川崎選手はヤクルトスワローズで2年目から2年連続2ケタ勝利を達成するなど、将来を嘱望されていた。3年目を故障で全休するも、復活した5年目には2ケタ勝利を挙げて優勝に貢献する。その後、長い低迷期に入るが1997年にシュートを習得すると復活。翌1998年には17勝を挙げるなど復活して沢村賞を獲得する。
巨人戦では無類の強さを発揮しており、通算88勝のうち3分の1にあたる29勝を挙げていた。晩年は中日ドラゴンズへ移籍したが、本来の力を発揮することはできなかった。しかし、巨人キラーだったことや、シュートの切れ味を忘れられることはないだろう。

落合博満選手との真っ向勝負!西本聖選手

1980年代の読売ジャイアンツを支えた江川卓選手、そして西本聖選手。2人はチームメートでありながらライバルとして巨人の優勝に大きく貢献した。
そんな西本選手の得意球はシュートだった。西本選手のシュートは、スピードではなく切れ味、変化で勝負をしていた。西本選手のシュートにおけるエピソードとしては、1987年の開幕戦が挙げられる。
この年、ロッテオリオンズから中日ドラゴンズへ移籍してきた落合博満選手に対して、4打席で全球シュートを投げ込んだのだ。結果は4打数1安打と落合選手をほぼ封じ込めた。三冠王3回という実績をひっさげてセリーグへ移籍してきた落合選手に得意球で真っ向勝負したのだ。

まとめ

シュートを投げる投手は現在のプロ野球界にもいるが、決め球として使う投手は減少傾向にある。 これも時代の流れだろうか。今後、シュートボーラーが誕生することはあるのだろうか。 これからの変化球のトレンドに注目が集まる。

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