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阪神・矢野耀大監督 球団史上最高の“打てる捕手”の遍歴

2022 4/26 11:00広尾晃
阪神タイガースの矢野耀大監督,ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

“打てる捕手”目指した中日時代

阪神タイガースの矢野燿大監督は、今季ペナントレースでは大変苦戦している。しかし、現役時代は、阪神屈指の偉大な野球選手だった。その実績を振り返ろう。

矢野燿大(旧名輝弘)は大阪府生まれ、大阪市立桜宮高校に入って本格的に硬式野球を始める。甲子園出場は果たせなかったが、東北福祉大に進んで、1学年上の佐々木主浩、1学年下の金本知憲(年齢は同じ)、斎藤隆などそうそうたるメンバーで仙台六大学リーグや神宮大会で活躍し、大学屈指の捕手として、1990年ドラフト2位で中日に入団する。

しかし中日には星野仙一監督の信頼篤い正捕手、中村武志がいた。2学年上の中村は抜群の強肩に加え、正確なキャッチング、投手の持ち味を引き出すリードと、3拍子揃った捕手だった。この時期、中日には矢野と同学年で、愛工大名電から「強打の大型捕手」として入団した山﨑武司がいたが、山﨑は「守備と肩では中村さんには絶対にかなわないから、打撃で売り出そうと心に決めた」と語っていた。矢野が入団した1991年には山﨑はすでに外野に転向している。

矢野にとっても中村は大きな壁だった。矢野も打撃が得意であり「打てる捕手」として対抗したが、中村も勝負強い打撃で存在感を示した。しかし中村と矢野の出場試合数は次第に拮抗するようになり、1997年には中村の捕手出場96試合に対し、矢野も60試合でマスクを被った。

星野仙一監督としては、翌年は矢野を正捕手にし、中村はトレード要員にするつもりだったが、チームが最下位に沈んだこともあり、オフにチームは大トレードを敢行、矢野は大豊泰昭とともに、関川浩一・久慈照嘉との交換で阪神に移籍した。

阪神でリーグ屈指の捕手へと成長

この時点で、他球団なら十分に正捕手が務まる実力を有していた矢野は、阪神では1年目から正捕手となる。2年目には初めて規定打席に到達し3割をマーク。以後、強打の捕手として阪神の中心選手になっていく。この時期、セ・リーグには谷繁元信、古田敦也という名捕手がいた。矢野はタイプの違う2人の捕手からキャッチングやフレーミングを学んでいる。

矢野の功績の一つに、藤川球児を球史に残るクローザーに育てたことがあるだろう。ホップする速球で仕留める投球は、年齢で一回り上の矢野の強気のリードによって生まれた。信頼感も厚く、矢野とのコンビで3連投、4連投にも耐えた。

矢野は解説者になってから「球児には苦労をかけました。藤川のフォークは速球と同じ腕の振りで投げます。疲労度はものすごく大きいんですが、あいつはフォークのサインを出しても首を横に振ることはなかった。気力で投げてくれるたんです」と語っている。

阪神移籍時にすでに29歳だったが盗塁阻止率も向上、打撃でもリードでも、守備でもリーグ屈指の捕手へと成長した。巨人と並ぶ名門チーム阪神には、多くの名捕手が登場した。しかし、実績でいえば生え抜きの捕手も含めて、中日ドラゴンズから移籍した矢野燿大に肩を並べる選手は皆無だ。

阪神(大阪)捕手出場試合数10傑,ⒸSPAIA


戦前の大阪タイガース時代に攻守で活躍し監督も務めた日系二世の田中義雄(カイザー田中)、ダイナマイト打線の中軸でもあった土井垣武、小山正明とのバッテリーで名をあげた山本哲也、王貞治のライバルだった屈指の長距離砲・田淵幸一、1985年優勝時の正捕手の木戸克彦など、阪神の歴史を彩った捕手はたくさんいるが、捕手として通算出場数が1000試合を超えているのは矢野だけだ。

安打数も1位、本塁打と打点は田淵に次ぐ2位だが、田淵が一塁や外野も守ったのに対し、矢野は阪神では外野を4試合、DHに1試合就いただけ。1998年から2008年まで、絶対的な正捕手として君臨した。この間、阪神は2003年、2005年と2度のリーグ優勝。「名捕手がいるチームは強い」を証明した。

解説者、二軍監督を経て監督に

引退後は解説者として活躍。つい最近まで現役だった野球人ならではのみずみずしい言葉で魅了した。

「野手にとって、ゴールデングラブ賞はすごくうれしいんです。自分が使ってるグローブやミットの型のトロフィーをもらえるんですから」

とりわけ、矢野の解説は「守備」を語るときに光った。投手の配球や心理状態を読む解説をしたり、捕手のキャッチングや盗塁阻止の技術を比較したり、その解説は極めて具体的でわかりやすかった。

2016年に二軍監督として阪神に復帰、2018年にはウェスタン・リーグ優勝をとげ、翌年、盟友金本知憲の退任を受けて阪神監督に。3位、2位、2位とすべてAクラスで迎えた4年目の今年、春先から黒星が大幅に先攻して苦しんでいる。

近年の阪神は、リーグ打率は下位で、投手力で持つ「守り」のチームだ。とりわけ救援投手陣が優秀で、先発のリードを救援投手が守る「勝利の方程式」ができていた。藤川球児、ジェフ・ウィリアムス、久保田智之と言う最強の救援投手陣「JFK」の球を受けてきた矢野監督ならではの布陣ではあった。

ところが今季は絶対的なクローザーのスアレスがMLBに移籍、救援陣が整わず勝利を逃がすことが多くなっている。またシーズン前に矢野監督自身が「今季限りで退任」を明言したことが「士気」に影響したともいわれている。しかし苦労人で、指導者、指揮官としても明確な考えを持つ矢野燿大監督である。これから挽回をして「筋道をつけて」後事を託すことを期待したい。

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