大切なのは「投手の4原則」
近鉄、阪神、ソフトバンクの3球団で投手コーチを務めた久保康生氏がSPAIAの取材に応じ、長年のコーチ生活で伝授してきた投手理論の一端を披露した。
久保氏が指針としてきたのが①バランス②力の方向性③力の原理④低めへの制球の「4原則」。無駄な力を省き、バランス良く、低めに投げられるように、平均台の上でシャドーピッチングをさせたり、至近距離でネットピッチングをさせ、上から叩きつけるように低めに投げる練習を繰り返させたり、工夫しながら指導してきた。
「例えば、草刈りする時に鎌をどう使うか。小さな動作で大きな力を出すためには、下から上に切るより、上から鎌をポンと落とした方がいい。ピッチングも同じで、地球の中心に向かって力をかけていく。外に広げない。その原理を知ることが大切なんです」
投球の原理を理解した選手は自然と無駄のない投球フォームを行きつくため、長く活躍する選手が多いと強調する。
近鉄コーチ時代に大塚晶文や岩隈久志を育て上げる
近鉄のコーチとして最初に指導したのが、1996年ドラフト2位で日本通運から入団してきた大塚晶文。後にメジャーでも活躍し、2006年の第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で胴上げ投手になるなど輝かしい実績を残した。
1999年ドラフト5位で堀越高から入団した岩隈久志は、久保氏の「最高傑作」かも知れない。身長は191 cmと高かったが、線が細く、ドラフト順位が示す通り、大きな期待をされている投手ではなかった。「ユニフォームじゃなくて体操服を着てるみたいな印象だった」と笑いながら振り返る。
1年目の春季キャンプで岩隈のキャッチボールを見て、すぐにキャッチボールを禁止したという。左足の着地より右腕が遅れて出てくる、バランスの悪いフォームを久保氏は一瞬で見抜き、毎日ネットピッチングを課した。上から叩きつけるフォームを体に覚え込ませるためだった。
教えを吸収してメキメキと力をつけた岩隈は高卒2年目に早くも一軍デビューし、4勝を挙げてリーグ優勝に貢献。その後、日米通算170勝をマークしたのは、入団直後に教え込まれた原理を岩隈が理解していたことも大きいだろう。
昨年、岩隈が引退を決めた時も電話があったという。「久保さんのおかげですと言ってくれてね。コーチ冥利に尽きますよ」と目尻を下げた。
「送球に不安があると投球に影響を与える」
そんな久保氏が気を揉むのが、阪神の藤浪晋太郎だという。復活をかけた今季は開幕投手を務めたものの、4月24日に登録抹消され、5月22日のウエスタン・リーグ中日戦では3回6四球2暴投と大荒れ。一時は治まったかに見えた制球難が再び顔をのぞかせている。
「自由気ままに作ったケーキが仮においしくても、作り方が分からないと再現できない。ピッチングも根っこの部分をきちんと教えておかないと崩れた時に戻せなくなる」
やはり共通するのは投球の原理。久保氏は2005年から2017年まで、韓国・斗山のコーチに就任した2012年を除く計12年間、阪神でコーチを務め、能見篤史やランディ・メッセンジャー、福原忍、安藤優也、秋山拓巳、岩崎優らを指導したが、藤浪を教えることはなかった。それだけに歯痒い思いがあるのだろう。
「投球動作に入る前に三塁方向を向いて、自分の左肩をホーム、右肩を二塁に向けてそのまま並進運動し、ギリギリでホームに向き返らないといけない。藤浪はそれができていないから肩が開く。腕が下がったり、左足を着地する時につま先が開くのもそこに原因がある」
鋭く指摘するのも古巣を案じているからだ。阪神はセ・リーグ首位を快走中だが、「藤浪の復活」は重要テーマのひとつであることは間違いない。
久保氏は「平均台でのシャドーピッチングや送球練習をした方がピッチングは直るかも知れない」と話す。平均台に立って、捕手に向かって真っすぐに踏み込むフォームを体に染み込ませるトレーニングは阪神時代も実践してきた。また、ゴロを捕球して一塁に投げる送球練習も有効だと力説する。
「足を運んでボールを取って送球するのが大事。伸びていく分かれ道になる。不安があると投球に影響を与えるから。岩隈は群を抜いてうまかったよ」
実際、藤浪は5月13日のウエスタン・オリックス戦で悪送球をきっかけに失点している。原点に戻る意味でも平均台練習と送球練習は不可欠。久保氏は藤浪の復活を願い、そう繰り返した。
久保 康生(くぼ・やすお)1958年4月8日、福岡県出身。柳川商高(現柳川高)から1976年ドラフト1位で近鉄入団。1988年に阪神に移籍し、1996年に近鉄復帰。1997年に引退するまで通算550試合に登板し、71勝62敗30セーブ。引退後は近鉄、阪神、ソフトバンクのNPB3球団と韓国・斗山でコーチを歴任した。2021年から大和高田クラブのアドバイザーを務めている。
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