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今季はなんとゼロ セ・リーグ捕手の規定到達者が10年で激減

2020 11/17 11:00勝田聡
左から巨人・大城卓三、阪神・梅野隆太郎、中日・木下拓哉ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

セ・リーグは規定到達の捕手が0人

6月19日に開幕したペナントレースがセ・パ両リーグとも無事に終了した。今シーズンは開幕がおよそ3カ月遅れ、選手、首脳陣にとって難しい1年だったことは間違いない。

調整の難しさから規定打席に到達する人数が激減する可能性もあったが、規定打席に到達した人数をみると、セは27人、パは26人。昨シーズンは両リーグともに30人だったので、大きく減少することはなかったようだ。

だが、セ・リーグの規定到達者を見ると、捕手登録の選手が1人もいないことに気がつく。近年は複数捕手の併用が一般的となり、1人の捕手をフル出場させることはなくなる傾向にある。それでも、毎年リーグ内で最低1人は捕手が規定打席に到達していた。

チームで最多打席の捕手ⒸSPAIA


昨シーズンは梅野隆太郎(阪神)、中村悠平(ヤクルト)、會澤翼(広島)の3人が規定打席に到達していた。だが、今シーズンはいずれも故障で離脱してしまったのが規定到達ゼロの大きな要因だ。

梅野は右腹斜筋の筋挫傷で登録を抹消されたが、故障による抹消は4年ぶりのことだった。12日間の登録抹消期間中にチームは10試合を消化。故障がなければ、規定打席に到達していただろう。

中村悠平(ヤクルト)は開幕前日に高津臣吾監督が発表したオーダーには名を連ねていたが、当日はスタメンから外れそのまま登録を抹消された。その後8月半ばに復帰したが、9月上旬に再び離脱。最終的には29試合の出場にとどまっている。嶋基宏の加入があったとはいえ、万全であれば中村が正捕手として君臨していた可能性は非常に高い。

會澤翼(広島)は試合中のアクシデントによる離脱だった。広島は會澤の離脱前から坂倉将吾も併用しており、故障の有無に関わらず規定打席到達は難しかったかもしれない。

また、今シーズンは120試合制になったとはいえ、開幕からほとんど6連戦が続く過密日程。捕手だけに限らないが、例年以上に選手たちに休養を与えながら運用したことも1つの要因といえそうだ。

2004年は5人の捕手が規定打席に到達

近年、規定打席に到達する捕手は大きく減った。2001年以降のセ・リーグ捕手における規定打席到達者数は下表のようになっている。

年度別セリーグ規定到達した捕手の人数ⒸSPAIA


2001年から2010年までの10年間は、2003年と2009年を除き3人以上が規定打席に到達していた。

特に2004年は阿部慎之助(巨人)、矢野輝弘(阪神)、谷繁元信(中日)、石原慶幸(広島)、古田敦也(ヤクルト)と5人が到達。唯一、横浜の正捕手だった相川亮二が規定打席未満だったが、それでも323打席に立っている。

2011年以降はその数が激減。2011年は阿部が故障で離脱したこともあり、規定打席に到達したのは横浜からヤクルトに移籍していた相川だけだった。翌2012年は阿部と谷繁の2人が到達したものの、2013年から2016年は毎年1人のみ。昨シーズンは2010年以来9年ぶりに3人が規定打席に到達したが、今シーズンはとうとう0人となってしまった。

また、10年単位で規定打席到達人数の平均を出すと、2001年から2010年までの3.1人が現在は1.3人へと減少していることがわかる。

来シーズンも日程は変則的

指名打者制度のないセ・リーグでは、捕手が打てないと得点力が大きく下がってしまう。そのため、打撃面に課題がある捕手はスタメンで出場したとしても、終盤に代打を出されることが多くなる。その結果、出場試合数は多くても規定打席に到達できないという状況に陥ってしまうのだ。

かつての阿部や古田とまではいかなくとも、年間を通して試合に出場できる打力、守備力そして肉体の強さを兼ね備えていなければ、捕手が規定打席に到達することは難しくなってきている。来シーズンも東京オリンピック開催期間中には中断期間が設けられているため、日程が変則的になる。そのなかで各チームはどのように捕手を運用していくのだろうか。「打てて守れて強い捕手」は誕生するだろうか。

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