「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

「打撃の神様」も元投手?野手転向して正解だった選手たち

2020 7/9 06:00SPAIA編集部
西武・川越誠司ⒸSPAIA
このエントリーをはてなブックマークに追加

ⒸSPAIA

西武・川越誠司が野手転向2年目でプロ初安打

野手転向2年目の西武・川越誠司が7月3日のオリックス戦でプロ初安打を放った。8回2死無走者で迎えた今季10打席目、ヒギンスから記念すべきライト前ヒット。プロ5年目でようやく野手としての第一歩を踏み出した。

北海高時代に4番ライトで春夏連続甲子園に出場し、北海学園大では1年春から4番を務めた。投手としては3年春に初勝利を挙げ、通算8試合に登板。2015年ドラフト2位で投手として西武入りしたが、左肘の故障もあって1軍での登板はないまま4年目に野手転向した。2019年は2軍で8本塁打をマークするなど、パンチ力に可能性を感じさせる27歳だ。

川越以外にも投手から野手に転向した選手はいる。慶応大時代に東京六大学通算12勝を挙げ、2013年ドラフト6位で日本ハムに入団した白村明弘も昨年から野手転向した。5年間で通算109試合に登板し、6勝5敗2セーブ15ホールドの成績を残していたが、2019年春季キャンプ中に野手転向を打診され、プロ人生のリスタートを切っている。

オリックス・佐野皓大は大分高から2014年ドラフト3位で投手としてプロ入りしたものの、2017年オフに野手転向。育成契約からの再出発となったが、2019年には開幕1軍を果たし、68試合に出場して12盗塁をマーク、初本塁打も記録している。

「打撃の神様」川上哲治や権藤博も野手転向経験者

高校時代にエースで4番だった選手は多いが、プロ入り後に野手転向する選手は決して多くない。では、これまで野手転向してから成功した選手はどれほどいるのだろうか。

野手転向した主な選手


「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治も実は元投手だ。熊本工のエースとして甲子園に出場し、1938年に巨人入団。戦前に投手として39試合に登板し、11勝を挙げている。打者としての活躍は説明の必要もないだろう。「ボールが止まって見えた」の名言を残すなど、通算2351安打、打率.313をマーク。監督としても巨人をV9に導き、名将の地位を不動にした。

初代「ミスタードラゴンズ」と呼ばれた西沢道夫は戦前、名古屋軍の投手として活躍。1942年にはノーヒットノーランも達成している。戦後に野手転向すると、1950年に46本塁打を放ち、1952年には打率.353、98打点で二冠王。投手として通算60勝を挙げ、打者として通算1717安打、212本塁打、940打点をマークした。

関根潤三は法政大のエースとして東京六大学通算41勝をマークし、近鉄に入団後も1954年に16勝を挙げるなど通算65勝94敗の成績を残した。1957年から野手転向し、通算1137安打、打率.279をマーク。引退後は大洋、ヤクルトで監督を務め、解説者としても穏やかな語り口で人気だった。

「権藤、権藤、雨、権藤」と言われるほど投げ続けた権藤博も野手転向している。中日1年目に35勝を挙げ、最多勝、最優秀防御率、沢村賞、新人王などに輝いたが、酷使の影響か3年目から成績が低迷。5年目の1965年から野手転向し、通算214安打を放った。引退後は横浜の監督を務め、1998年に日本一を達成している。

巨人V9時代のリードオフマンとして活躍した柴田勲も元投手だった。法政二高のエースとして甲子園で優勝し、プロ入り1年目は6試合に登板、0勝2敗の成績を残している。2年目から野手転向し、通算2018安打、盗塁王に6度輝くスター選手となった。

現役では糸井嘉男、雄平、木村文紀ら

現巨人野手総合コーチの石井琢朗も大洋入団後3年間は投手だった。高卒1年目の1989年に初勝利を挙げたものの3年間で1勝4敗。4年目から野手転向し、通算2432安打の名プレーヤーとなった。

横浜高のエースとして甲子園で優勝した愛甲猛も野手転向組だ。ロッテ入団後3年間で61試合に登板したが0勝2敗。4年目から野手転向し、通算1142安打、108本塁打をマークした。

テレビ番組「夢対決!とんねるずのスポーツ王は俺だ!」の「リアル野球BAN」コーナーでもお馴染みの吉岡雄二は、帝京高のエースとして甲子園で全国制覇。ドラフト3位で巨人入団後も3年間は投手だったが、野手転向してからは近鉄、楽天と渡り歩いて通算883安打、131本塁打をマーク、スラッガーとして活躍した。

福浦和也も習志野高からロッテ入団直後は投手だったが、1年目のシーズン中に野手転向。ロッテ一筋の現役生活で通算2000安打を放ち、名球会入りを果たした。

広島時代に松井秀喜を彷彿とさせる左の長距離砲として「赤ゴジラ」と呼ばれた嶋重宣も元投手だ。東北高のエースとして甲子園に3度出場し、広島入団後4年間は投手として2試合に登板、0勝1敗だった。5年目に野手転向すると、2004年に189安打、打率.337でタイトル獲得する大ブレーク。2013年に西武で現役を終えるまで通算868安打を放った。

現役では阪神・糸井嘉男、ヤクルト・雄平、西武・木村文紀が野手転向組の代表格だろう。糸井は近畿大で9勝を挙げ、自由獲得枠で投手として日本ハムに入団。2年間で1軍登板はなく、3年目に野手転向した。2014年に首位打者、2016年に盗塁王に輝くなど、3拍子揃ったプレーヤーとして活躍している。

雄平は東北高から2002年ドラフト1位でヤクルト入りし、将来を嘱望された左腕だった。高卒ルーキーとして1年目から5勝を挙げるなど通算18勝をマークしたが、2010年から野手転向。現在もチームの主力として活躍している。

木村文紀は埼玉栄高からドラフト1位で投手として西武入団。通算41試合に登板したものの1勝に終わり、2012年オフに野手転向した。2019年は130試合に出場して10本塁打を放つなど、レギュラーとして活躍している。

《関連記事》
投手転向した元野手たち、現役ではオリックス・張奕
雄平、川端慎吾は若手にとっての「壁」となれるか
人材豊富な「1988年世代」柳田悠岐、秋山翔吾ら甲子園未出場者でベストナインを選出

おすすめの記事