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輝かしい記憶と特別なグルーヴ感 2005年のロッテが語り継がれる理由

2020 5/21 11:00浜田哲男
千葉ロッテマリーンズの選手たちⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

ロッテ一色に染まった2005年

2005年のロッテはファンの間で語り継がれる伝説のチームだ。9年連続Bクラスから脱却し、31年ぶりのリーグ優勝と日本一を達成した快挙はもとより、戦いぶりのすべてがセンセーショナルだった。

チームの指揮を執っていたボビー・バレンタイン監督は勝利への情熱を注ぎ、ファンへのサービスも徹底。優れた戦略家、モチベーターでもあり、すべての選手からベストなプレーを引き出した。

選手たちはボビーマジックとも呼ばれた独特の起用法、采配のもとで伸び伸びとプレーし、シーズン序盤で12連勝。その後も勢いは続き同年から始まった交流戦で初代王者に輝くと、84勝を挙げリーグ2位でプレーオフへ進出した。

西武との第1ステージでは松坂大輔、西口文也、ソフトバンクとの第2ステージでは杉内俊哉、斉藤和巳、新垣渚、和田毅ら好投手との激闘を制してリーグ優勝(※)。阪神との日本シリーズではトータルスコア33-4という圧倒的な強さを見せつけ、4連勝で日本一を決めた。

※2004年~2006年までパ・リーグで開催されたプレーオフは、第2ステージ勝利チームをパ・リーグ優勝チームとした。

同年から開催されたアジアシリーズの初代王者にも輝き、イースタンリーグ優勝、ファーム日本選手権優勝と合わせて6つのタイトルを獲得する偉業を成し遂げた。翌2006年に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第1回大会には、ロッテから12球団最多となる8名もの選手が選出され、世界一に貢献した。

ロッテ一色に染まった2005年は、ただ強いだけではない。今回は、このシーズンが今も脈々と語り継がれている理由を振り返る。

常識を覆したマリンガン打線

バレンタイン監督は、対戦相手や選手の体調に応じて打線を毎試合組み替えた。前日猛打賞の打者が翌日はベンチスタートということもざらにあったが、起用はことごとく的中した。

レギュラーシーズン、プレーオフ、日本シリーズの計147試合で組んだ打線は135通りにも及んだ。これはバレンタイン監督の戦術を支えた統計アナリストのポール・プポによるデータ解析はもとより、日頃から指揮官自らが選手と積極的にコミュニケーションをはかり、個々の体調や精神状態を詳細に把握できていたからこそ成り立つものだった。

打順は何番から始まっても得点チャンスが生まれるように、チャンスメークに長けた打者と長打力のある打者をバランスよく配置。4番にはOPS(出塁率+長打率).901で脚力もあるサブローが入り、チーム最多本塁打のイ・スンヨプやチーム最高打率の今江敏晃は主に下位打線を担った。

打ち出すと止まらない打線に対し、主に3番を任されていた福浦和也が「全員がつなぐ意識が強い。どこからでも点が入る」と口にすれば、サブローも「誰かが突破口を開くと皆が立て続けに打ちまくるので、止まらないんですよ」と当時語っている。

強打の捕手として里崎と併用された橋本将は、「指示通りにやっていれば間違いない」と口にしていたが、選手たちが打席の中で迷いなく振り切るその裏には、プポを中心とした緻密なデータ解析への信頼があった。

同年、チーム本塁打(143本)はリーグ4位にとどまるも、チーム得点(740点)、打率(.282)、安打(1336本)、二塁打(278本)、三塁打(34本)、盗塁(101個)、出塁率(.347)はいずれもリーグトップ。

堀幸一(.305)、福浦(.300)、マット・フランコ(.300)、今江敏晃(.310)が規定打席到達で3割をマーク。規定打席未到達ながらサブロー(.313)と里崎(.303)も3割を打つなど、個々のつなぐ意識の強さが結果に反映された。

6人の先発投手が二桁勝利

投手力も圧巻だった。渡辺俊介(15勝)を勝ち頭に、清水直行(10勝)、小林宏之(12勝)、ダン・セラフィニ(11勝)、久保康友(10勝)、小野晋吾(10勝)と6人もの先発投手が二桁勝利を挙げた。

シーズン序盤に怒濤の12連勝をマークした際には、4月19日の日本ハム戦で白星を挙げたセラフィニから5月4日の楽天戦で先発した久保まで、全試合で先発投手が白星を挙げる快挙を達成した。

リリーフ陣も盤石。YFK(薮田安彦、藤田宗一、小林雅英)と呼ばれた3投手のリレーで逃げ切るパターンが確立されており、打ち合いにも接戦にも強かった。

チーム防御率(3.21)はリーグトップ。与四球(283個)、失点(479点)はともにリーグ最少。加えて、チーム守備率(.990)もリーグトップで失策(51個)はリーグ最少。強力投手陣を堅実な守備が強力にバックアップしていた。

同年、福浦(一塁手)、西岡(二塁手)、今江(三塁手)、小坂誠(遊撃手)、サブロー(外野手)がゴールデングラブ賞を獲得し、内野手はロッテ勢が独占。走攻守すべてがハイレベルなチームだった。

勝つための意識改革

バレンタインが2回目のロッテ監督に就任したのが2004年。同年、大型連敗を繰り返すチームの問題点が精神的な部分にもあると考えた指揮官は、意識改革を推進した。

通常、負け試合となれば、若手を中心とした控え選手に経験を積ませたりするのだが、この指揮官は「負け試合で交代させても悪い雰囲気を共有するだけ」と逆の発想を持っていた。そのため、勝ち試合の流れになると、控え選手を次々にグラウンドへ送り、勝つ喜びを皆で共有させたのだ。

西岡は二塁・遊撃、サブローは右翼・中堅、フランコは右翼・左翼・DH、ベニー・アグバヤニは中堅・DH、イ・スンヨプは左翼・DH、里崎と橋本は捕手・DHなど、主力選手に複数のポジションを守らせることで、臨機応変により多くの選手を起用できた。

また、安打や本塁打と比べた時に最も得点効率が高いと考え、二塁打を打つ意識を練習段階から浸透させた。本拠地の千葉マリン(現ZOZOマリン)は一定の高さまで打球が上がると風で押し戻されるケースが多く、外野手の間を抜くようなライナー性の打球を打つことは理にかなっている。

2005年、リーグ最多となる二塁打(278本)を放っているのも、選手たちに二塁打を打つ意識が浸透した結果と言える。

世代のバランスがとれたチーム構成

強いチームは若手とベテランがいい具合に融合しているが、2005年のロッテは若手、中堅、ベテラン、外国人助っ人のバランスが実にうまくとれていた。

若手の西岡と今江がブレイクし、中堅の福浦、サブロー、里崎らが中軸を担い、ベテランは掘をはじめ、初芝清、諸積兼司らも存在感を発揮。外国人助っ人のベニーとフランコ、イ・スンヨプも揃って活躍するなど、すべての選手が輝きを放っていた。

若手の今江、中堅の福浦、ベテランの堀、外国人助っ人のフランコと、それぞれの世代と助っ人が同時に3割をマークするのも稀なケースではないだろうか(今江、堀、フランコはベストナインも受賞)。

飛び抜けたスタープレーヤーがいたわけではないが、つなぐ意識と束になってかかっていく迫力は他を凌駕していた。野手も投手も特定の選手に頼らず、監督、コーチ、選手、そしてファンの応援を含むすべてが一体となり特別なグルーヴ感を放っていた。

すべての栄冠を手に入れ、圧倒的な強さを誇った2005年のロッテ。これからもファンの記憶の中で生き続け、語り継がれていくだろう。

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