大阪府立大冠高校で野球部員を直接指導
マリナーズ球団会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏(51)が9、10日の2日間、大阪府立大冠(おおかんむり)高校で野球部員を指導した。2020年に智弁和歌山を訪れてから国学院久我山、高松商などを訪れて指導しており、今回で9校目。同校選手たちがしたためた手紙を読んで、その熱意に応えたという。
大冠は甲子園出場こそないものの、公立の雄として大阪大会では何度も上位進出しており、2017年夏は決勝に進出。 東海大仰星や上宮を撃破する快進撃だったが、大阪桐蔭に8-10で敗れて準優勝に終わった。
大阪桐蔭と履正社の2強をはじめとした強豪私学の壁を公立勢は突破できず、大阪の公立校が甲子園に出場したのは1995年センバツの市岡が最後。夏は中村紀洋が2年生だった1990年の渋谷までさかのぼる。
そんな状況を打破し、夢の甲子園に一歩でも近付くための指導だったが、日米通算4367安打のレジェンドは「(強豪私学にとって公立勢は)眼中にない」などと厳しい言葉を投げかけたという。自身も愛知県の「私学4強」と呼ばれる愛工大名電出身のため、当時を振り返っての実感だろう。
多感な高校生にとって、憧れのスーパースターからそう言われたショックが小さくないことは想像に難くない。それでも現実を知った上で受け入れない限り、その後の成長もないことをイチロー氏は知っている。何度も壁にぶつかりながら乗り越えてきたからこそ、本気で大冠を甲子園に導くため敢えて厳しい言葉を使ったのだ。
2000年以降、夏の大阪大会4強入りの公立のべ6校のみ
大阪は1960年代から「私学7強」と呼ばれた興國、明星、PL学園、浪商(現大体大浪商)、北陽(関大北陽)、近大付、大鉄(現阪南大高)などの私立高校が隆盛を誇ってきた。
1980年代からはPL学園、上宮、近大付がしのぎを削り、21世紀に入ると大阪桐蔭、履正社の2強時代が到来。2000年以降、夏の大阪大会で公立勢がベスト4入りしたのは2017年準優勝の大冠以外に、2016年の桜宮(4強)、2015年の大冠(4強)、2008年の箕面東(北大阪大会4強)、同年の羽曳野(現懐風館、南大阪大会4強)、2001年の桜宮(4強)ののべ6校しかない。
しかも、そのうち2校は南北に分かれて出場校数が少なかった記念大会。公立ながら体育科があった桜宮は甲子園にも出場したことのある強豪だ。つまり、大冠以外の一般の公立校は、記念大会以外では4強入りすらできないのが現状なのだ。
甲子園は郷土の代表よりプロ野球への過程
私学優勢の傾向は近年さらに強まっているように思われる。なぜ、そのような状況になったのだろうか。
春夏合わせて9回の甲子園優勝を誇る大阪桐蔭には、全国から野球エリートが集まる。将来のプロ入りを夢見る中学生が、より高いレベルでプレーしたいと思うのは当然で、郷土の代表として甲子園に行くことより、プロ野球に入るための過程として甲子園を捉える選手が増えている。
プロ野球選手の待遇が良くなったことも無関係ではないだろう。「失われた30年」でサラリーマンの給料が上がっていない日本では、一流企業に就職するより、1億円プレーヤーも珍しくないプロを目指して野球エリートの道を進む方が夢があるのは間違いない。
それは当の本人だけでなく、親も同じ。勉強の得意な我が子を塾に通わせるのと同様、野球のうまい子供は強豪校に入れて英才教育を受けさせた方がプロに近付く。そのためには親元を離れてでも、高いレベルにある県外の一流高校に入れた方が得策なのだ。
そして、少子化が進む日本では、受け入れる私立高校も野球部の強化に力を入れる。野球部は格好の広告塔であり、甲子園に出れば知名度やイメージも上がる。自然と強豪私立にエリートが集まり、さらに強くなる。選手を集められない公立校との実力差はどんどん広がっているのが現状だ。
従って、近年は大阪桐蔭や履正社の推薦枠に入れない中学生が、大阪以外の私立高校を選ぶことも多い。大阪では強豪と言われる私立に入っても、大阪桐蔭と履正社以外だと甲子園に出るのは難しい。それなら府外でも甲子園に近い高校に入りたいという選手は少なくない。
メジャーリーグ移籍すら珍しくなくなり、狭くなった日本で人材の流動化が進むのは時代の流れ。少子化もあって公立校は統廃合が増えており、私立との格差は広がる一方だ。
だからこそ、イチロー氏の言葉には重みがある。大冠は今夏の大阪大会は初戦敗退、秋季大会も3回戦で敗れた。現在の2年生にとって甲子園を目指せるチャンスは来年夏の一度しかない。レジェンドの金言を胸にトレーニングに励み、来夏の快進撃が見られるか注目だ。
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