「KOBE CHIBEN」が女子高校野球選抜チームと対戦
「うらやましいだろうなって。女子野球界の全員が『あの子たちになりたい』と思ったのではないかと思います。これを見てくださった方々が女子野球のことを知ってもらういい機会になったと思う。こんな風にイチローさんが試合してくださったことがニュースになっていると思うし、女子野球発展のためにもすごく大きなイベントだったのではないか」
そう実感を込めたのは侍ジャパン女子日本代表を率いる中島梨紗監督(35)だった。
2021年は女子野球界に大きな変動のあった1年だった。8月、夏の選手権大会の決勝が初めて甲子園で開催された。競技は違うがソフトボールが東京五輪で金メダル。熱い夏となった。
女子球界の熱を加速させるように、年末にはサプライズのビッグイベントがあった。マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏(48)が初めて、女子野球界と交流したのだ。
自らが主宰する草野球チーム「KOBE CHIBEN」の一員として、女子高校野球選抜チーム(高校日本代表)とのエキシビションマッチに参加した。
質問タイムでは40分間熱弁
イチロー氏は現役引退した昨年、高校生の指導に必要な「学生野球資格」を回復した。昨年12月には智弁和歌山を訪れ、初めて高校生を本格指導。今夏の甲子園で智弁和歌山が優勝したことで、イチロー氏の活動がクローズアップされた。今年は11月から国学院久我山、千葉明徳、高松商と立て続けに訪問。自らの知識と経験を惜しみなく球児に伝えてきた。
そして、次にきたのが女子野球である。
今夏、全日本女子野球連盟の山田博子代表理事(50)が女子野球界についてイチロー氏の関係者と話し合う機会があった。イチロー氏はもともと、日本球界の裾野を広げたい意向が強い。その思いは男子の高校野球にとどまらず、女子にもおよんでいたという。話の流れから、交流試合の実現まではスムーズ。イチロー氏も快諾したという。
この試合、イチロー氏は147球、17奪三振、最速135キロの大熱投で完封。何度も脚をつりながら、力を振り絞って、本気のパフォーマンスで女子高校生と向き合った。中島監督が振り返る。
「イチローさんと対戦するなんて夢のような時間です。こんなに間近で見られただけで感激。一つ一つの動きが本当にきれいだなと感じました。全力で、真剣勝負をしてくださったことがありがたかったし、感動した。選手たちも、当たって砕けろじゃないですが、その勝負を楽しんでやっていたので貴重な体験になったのではないでしょうか」
試合後には野球教室が行われる予定だったが、イチロー氏が満足に動けなかったことで、急きょ、選手からの質問タイムに変更になった。選手からの質問は絶えることなく、レジェンドも身ぶり手ぶりで熱弁。体験談も交えた技術論は、神戸の寒風の中、40分におよんだ。男子同様の、むしろそれ以上に踏み込んだ内容もあった。
「男子、女子ではなく『高校球児』への言葉だったのがうれしかった」。一緒になって熱心に聞き入った中島監督の言葉からはイチロー氏の本気度が伝わってくる。「どうやったら野球が普及するのか、アマ全体のことを真剣に考えてくださっている」と山田代表理事も感嘆した。
女子硬式野球チームは四半世紀で8倍以上
野球の普及には、男女問わずすべてのカテゴリーへのアプローチが必要であると、イチロー氏は認識しているのだろう。
「女子の野球熱は男子に全然負けてないというか、こうやって野球をやる子たちはきっと男子よりもそういう思いが強い子が多いんじゃないかと。あの年代の子たちの野球はすごく面白いですね。プロの世界にはまったくないものがあるので。まっすぐだし、本気で先を目指しているしね。気持ちいいですよ」
高校野球の女子硬式野球チームは増えており、現在の加盟数は43チーム。四半世紀で8倍以上に増えた。女子の大会には全日本選手権や、全日本クラブ選手権、全国大学選手権、ヴィーナスリーグ、ラッキーリーグなど数多くあるが、一般への認知度はまだ低い。
今後、基盤を固めていくには裾野の広がりが肝要であり、競技人口を増やすには男子における甲子園大会のようなアイコンが必要にもなる。甲子園開催、イチロー氏との交流試合が果たした役割は小さくない。
甲子園での決勝を制した神戸弘陵の石原康司監督(61)は実感を込めた。
「女子野球の扉が開いたんじゃないか」
球界全体が向き合うべきテーマは2022年も続く。
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