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ピッチャーにはなぜ股関節の「柔軟性」が大切なのか

2020 6/27 11:00芹田祐
イメージ画像ⒸBrocreative/Shutterstock.com
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ストレッチの重要性を理解しよう

最近、テレビでプロ野球選手が大きく開脚している姿が映し出されたり、インタビューで球速アップの秘訣を全身の柔軟性と答えたりする場面が増えたと思う。そのため、ピッチャーにとって柔軟性が大切ということが、以前よりも一般的な認識として広まっているように感じる。

ピッチャーにとって柔軟性を高めることはケガ予防のためだけでなく、パフォーマンスアップのためにも必要不可欠な要素だ。しかし、指導者が選手にストレッチ指導をしても、ストレッチを続けて行うことができずに柔軟性がなかなか改善しない選手が多いのではないだろうか。

ストレッチが習慣化しない原因の一つに、ピッチング動作に柔軟性がなぜ必要なのかをイメージしにくいことが挙げられる。指導者はなぜ体を柔らかくする必要があるのかを選手に説明できる必要があり、選手もピッチングにおけるストレッチの重要性を理解した上でストレッチに取り組むべきだ。

今回は股関節の動きに注目して投球フォームの分析を行っていく。各フェーズで股関節がどのような役割をしているか、また柔軟性が不足している場合はどのような問題が出てくるのかを解説する。股関節の可動域を広げる重要性が理解され、選手が意欲的にストレッチを行うようになれば幸いである。

構え〜片足立ち

ピッチャーはリリースの瞬間にできる限りの力をボールに伝えることでハイパフォーマンスを発揮することができる。そのためには投球フォームの前半でいかにしてリリースポイントの出力につなげられる動作を行えるかが重要だ。

このフェーズでは、ステップ足を高く上げることで位置エネルギーを得て、体重移動でそのエネルギーを運動エネルギーに変換することで効率よくボールに力を伝達することが可能になる。

投球フォーム1


しかし、ステップ足のお尻周りの柔軟性が低下していると足を高く上げるのが難しくなり、片足立ちになったときのバランスも乱れやすくなり、投球フォームが不安定になってしまう。

投球フォーム2


また、軸足の股関節付け根にある筋肉が固いとステップ足を高く上げたときに引っ張られてしまい、軸足の膝が曲がりやすくなってしまう。

軸足の膝が曲がってしまうと、重心がつま先寄りになり、インステップになりやすい。さらに、体重移動で軸足の股関節を効率よく使いにくくなり、下半身から上半身への力の伝達がうまくいかなくなる。

バランスよくステップ足を高く上げるためには、両足ともに股関節の可動域が必要ということだ。ステップ足では大殿筋などのお尻周り、軸足では腸腰筋などの付け根の筋肉の柔軟性を高めるストレッチをしよう。

体重移動

次に軸足での片足立ちからステップ足が地面に着地するまでを体重移動のフェーズに移る。

このフェーズはいわばピッチングの助走であり、キャッチャー方向への加速をどれだけ大きくすることができるかがパフォーマンスアップのカギになる。いくら、腕を振って球速を上げようとしても、体重移動で十分な加速ができていないとパフォーマンスを高めることはできない。

投球フォーム3


できるだけ助走を大きくするために重要なのが、両足の股関節を大きく左右に広げることだ。

まず、軸足では股関節を大きく広げることでキャッチャー方向への地面反力をより大きく得ることができ、全身を加速させるためのサポートを地面から受けることができる。

また、ステップ足も空中で大きく広げることで体重移動をスムーズに行いやすくなる。ステップ足の股関節を開く可動域が狭いと、体重移動の壁となってしまい、キャッチャー方向への加速を妨げる原因になる。

さらに、ステップ足のつま先は投球方向であるキャッチャー側に向け、足を開くようにして接地する必要がある。この股関節の動作を問題なく行うためには四股踏みの可動域が必要になる。

四股踏みが苦手な選手は多いと思うが、四股踏みができない選手はステップ足が閉じたまま着地しやすくなり、この後説明する回転運動や体の入れ替えをスムーズに行いにくくなる。また、キャッチャー方向に無理に開いて着地すると、骨盤と体幹がその動きにつられてしまい、開きの早いフォームにつながるため注意が必要だ。

両足を大きく左右に広げるためには開脚の柔軟性が必要になる。股関節の内転筋群のストレッチを積極的にしよう。

回転運動〜リリースポイント

ステップ足が地面に着地してからは、ボールリリースに向けてキャッチャー方向へ体幹が回転する。

投球フォーム3

投球フォーム4


上の写真のように回転運動を十分に行うことができると、左半身(グラブ側)と右半身(投球側)の入れ替えができ、リリースポイントを前にできる。

この動作を可能にするために必要になるのがステップする足のお尻周りの可動域だ。お尻周りの筋肉が固いと回転運動が途中でストップしてしまい、体の入れ替えをスムーズに行えない。

また、軸足では腸腰筋などの付け根の筋肉が固くなっていると、ステップ幅を確保できない。体の入れ替えが不足すると、球速が上がりにくくなるだけでなく、上体に頼ったリリースになってしまうので、肩・肘にかかる負担が大きくなってしまう。

お尻周りの筋肉が固く、それが原因で回転運動が不十分になっている選手はとても多い。中殿筋、大殿筋などのお尻周りのストレッチを入念に行うようにして柔軟性確保に努めよう。

フォロースルー

最後はフォロースルーについて。フォロースルーでは腕を最後まで鋭く振り切ることと、ステップ足で地面を強く押すことで球速アップにつなげられる。

投球フォーム5


フォロースルーでは上の写真のように体幹が前方に倒れるため、立位体前屈に似た姿勢になる。そのため、立位体前屈で指が地面に届かないなど、太もも裏側の筋肉が固い選手はきれいなフォロースルーの形を作ることができない。

太ももの裏側にはハムストリングスといわれる筋肉がある。ハムストリングスの柔軟性低下はダッシュ中の肉離れにもつながりやすいので、毎日ストレッチしよう。

今回、投球フォームの各フェーズで、股関節の可動域がなぜ必要なのかについて説明した。ピッチングでは股関節が色々な方向へ可動して球速アップにつながる動作を行っているため、股関節ストレッチをどれか1種目すればいいというわけではなく、全体的に股関節の可動域を広げるようにしよう。

《ライタープロフィール》
芹田祐(せりた・たすく)。理学療法士。小学生から野球を始める。中学時代に肩を痛め、思い切りプレーできなくなったたことをきっかけに、スポーツでけがをした選手を支える側に立つことを志す。大学卒業後、アマチュア選手だけでなく、プロ野球選手のリハビリやトレーニング指導に従事。現在はWebサイトやSNS、書籍を通じて知識と技術を発信している。 著者サイト:野球のコツと理論