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94回目の箱根を制するのはどこか 有力校、注目選手をさぐる(3)

2017 12/25 15:25きょういち
マラソン
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Photo by sportpoint/Shutterstock.com

94回目の箱根を制するのはどこか 有力校、注目選手をさぐる(2)

 2017年の大学駅伝シーズンが始まる当初、今季の軸は箱根4連覇を狙う青山学院大と、2年生にスピードのある選手をそろえる東海大の「2強」だと言われていた。

 だが、箱根まであと1カ月を切った今は「3強」と言われる。神奈川大が優勝候補の一角に食い込んできた。

 11月の全日本大学駅伝で、神奈川大は久々に大学駅伝で脚光を浴びる存在になった。20年ぶりの優勝。箱根は1997年、98年と2連覇をしており、こちらも20年ぶりの優勝を狙っている。

大学駅伝の絶対エース

 神奈川大には絶対的なエースがいる。4年生の鈴木健吾だ。今や、大学長距離界で最も注目を浴びる選手であると言ってもいい。

 愛媛・宇和島東高出身。高校時代はインターハイで入賞するような選手でもなく、目立った存在ではなかった。力をつけてきたのは、神奈川大に進学してからだ。

 鈴木が大きく知られる存在になったきっかけは、3年生の時の箱根の走りだ。「花の2区」を走って区間賞を獲得し、大学駅伝界のスター選手の仲間入りをした。マラソンへの適性もあることから、日本陸上競技連盟のマラソン合宿にも招集された。

 4年生になってからは、大学生のスポーツの祭典、ユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得。そして、今年11月の全日本大学駅伝はアンカーとして2位でたすきを受けると、17秒差を逆転して20年ぶり優勝の立役者になった。

 その走りに対し、日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、「いい走りだった。この2年でしっかりマラソンを走る体にして、東京五輪の星になってください。君に期待してるよ」とテレビを通してエールを送った。

 163センチと小柄で、ダイナミック走りをするタイプではなない。ただ、上下動の少ない走りでありながら、ストライドが小さいわけではないのが魅力だ。足の返しも速く、小気味いい走りをする。長い距離が得意のタイプで、まさにマラソン向きと言える。

 2018年の箱根に関して、神奈川大は優勝候補の一角に挙げられているが、鈴木本人は「まだまだ挑戦者」と謙虚な姿勢を崩さない。

 鈴木は箱根を走った後の2月、東京マラソンで初マラソンへ挑戦するつもりだ。昨今、箱根の人気が高まり、本来のマラソンの強化という目的からは離れてきた(箱根が最終目標になり、マラソンへ挑戦しない選手が多い)が、かつての瀬古利彦のように箱根を通過点にできるほどの走りができるかどうか、楽しみである。

選手にもなれなかった監督

 神奈川大を語る上で絶対に欠かせない人物がいる。大後栄治監督である。

 名門の日体大出身。だが、大後監督は学生時代、選手にもなれなかった。猛者揃いの中で歯が立たず、1年の終わりからマネジャーになった。練習の計画から選手の勧誘まで、何でもやった。異色の経歴を持つ指導者である。

 神奈川大で指導者になったのは1989年。決して名門とは呼べず、高校時代に輝かしい実績をもたない選手しか集まらないため、当初は箱根駅伝特有の長い距離を走る練習に特化した。

 1万メートル28分台のスピードを持つランナーはいなくても、必ず区間5位以内に入る安定感のある選手を育てた。96年度から2年連続全日本と箱根で優勝。ただ、その当時のことを振り返り、大後監督はこう言っている。

 「金太郎アメ」

 個性がなく、同じような選手ばかりということだ。逆に言えば安定感があり、その力で1990年代後半の大学駅伝界をリードした。ただ、2000年以降、スピードを持った選手が活躍するようになると、神奈川大はどんどん低迷するようになった。

 2009年の箱根の予選会で失敗すると、改革に出た。スタッフを2人から6人に増やした。練習では量を減らし、技術を高めることに重点を置いた。

 かつての成功体験を捨てて、新たなやり方で再び頂点を狙おうとした。そこには葛藤もあった。

 「30歳そこそこで中途半端に成功しただけに、自分を否定するのは怖かった」

 だが、その改革は見事に成功し、20年ぶりの全日本優勝につながった。

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