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東京マラソン史に足跡を残した歴代優勝者

2017 12/11 14:58hiiragi
東京マラソン
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第1回大会優勝天才ランナー新谷仁美選手

新谷仁美選手は1988年生まれ、岡山県の興譲館高等学校から2006年豊田自動織機に入社した。
高校時代から非凡な走りを見せ、3年連続出場となった全国高校女子駅伝では、3年間とも1区に起用され3年連続で区間賞を獲得した。高校3年の2005年には、興譲館高校を優勝に導いている。

東京マラソンには第1回大会の2007年に出場した。自身も初マラソンとなったこの大会で2時間31分01秒の走りを見せ、見事初代女王の座に輝いた。
当時まだ18歳で、高橋尚子選手の初マラソンより31秒も早い。マスコミはこぞって「Qちゃん2世」ともてはやした。
それに答えるように、2011年世界選手権5000m13位、2012年ロンドンオリンピック10000m9位、2013年世界選手権10000m5位と実績を残したが、2014年に足の故障で引退を表明した。

2009年大会優勝悲劇のランナー那須川瑞穂選手

那須川瑞穂選手は1979年生まれ、岩手県立花巻南高等学校を卒業して積水化学に入社した。
高校時代は全国高校女子駅伝に出場して、1区を走った実績を持っている。2004年の大阪国際女子マラソンが初マラソンだったが、2時間29分49秒のタイムで4位に入る上々の記録だった。

東京マラソンには2009年大会に出場して、自己ベストとなる2時間25分38秒でマラソン初優勝を飾った。2009年は北海道マラソンとシカゴマラソンにも出場して、いずれも7位の成績を残している。
2013年の世界選手権を目指して出場した2012年横浜国際女子マラソンでは、日本人トップの2位に入り、代表入り確定かと思われたが突如、代表枠が5枠から3枠に減り、世界選手権出場はならなかった。2017年に現役を引退している。

2010年大会優勝、初マラソン日本最高記録を打ち立てた藤原正和選手

藤原正和選手は1981年生まれ、高校駅伝の名門兵庫県立西脇工業高等学校から中央大学に進み、2003年ホンダに入社した。高校時代には全国高校駅伝に出場して2区を走っている。
1999年中央大学に入学すると、大学三大駅伝には全て出場を果たし、箱根駅伝では2度区間賞に輝いた。4年生の3月に出場したびわ湖毎日マラソンでは2時間08分12秒で走り、初マラソン日本最高記録を打ち立てている。

東京マラソンには2010年と2012年に出場し、2010年大会では2時間12分19秒で優勝を果たした。2013年と2015年に世界選手権にも出場しているが14位、21位と結果は残せなかった。
2016年に現役を引退して母校の中央大学で監督に就任した。

2011年大会優勝、高校大学と全国大会皆勤賞、樋口紀子選手

樋口紀子選手は1985年生まれ、立命館宇治高等学校から立命館大学に進み2008年ワコールに入社した。
高校時代は全国高校女子駅伝に3年連続、大学では全日本大学女子駅伝対校選手権大会に4年連続で出場している。特に大学時代は強く、出場4回の内3回は全国制覇を果たし、残りの1回は2位だった。

東京マラソンには、初マラソン挑戦の場として2011年大会に出場した。タイムは2時間28分49秒で日本人トップ、全体2位の成績で大会は終わるのだが、1位のロシア選手にドーピングが発覚して、翌年になって優勝が取り消された。
これにより、2位だった樋口紀子選手の繰り上げ優勝が確定した。その後もアジア選手権マラソン大会やシンガポールのハーフマラソンに優勝するなど活躍を続け、2017年11月26日のクイーンズ駅伝 in 宮城では、2区を走り元気なところを見せてくれた。

ウィルソン・キプサング・キプロティチ

東京マラソン2017の男子優勝は、ケニアのウィルソン・キプサング・キプロティチ選手だった。ウィルソン選手は2010年のフランクフルトマラソンの優勝を皮切りに、世界各地のマラソン大会で優勝を積み重ね、2016年ベルリンマラソンでは2時間03分13秒の記録を出した高速ランナーだ。
東京マラソン2017でも2時間3分58秒と、日本国内マラソン初の4分を切るタイムで優勝を決めている。この時点での優勝回数は9回、2時間3分台は4回記録した。

東京マラソンは年々高速化が進み、2017年大会では、1位~6位まではケニアが占め、日本人トップは全体の8位だった。なんとか優勝争いには食い込んでほしい。

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