陸上男子のメダリストは22人
陸上日本男子は、これまでオリンピックにおいて数々の功績と記録を残している。日本初の金メダル獲得となった1928年のアムステルダム大会から2016年のリオデジャネイロ大会まで、22名の選手がメダルを獲得している。特に大きな功績を残した2名のメダリストとして、織田幹雄と室伏広治を紹介する。
陸上日本男子は、これまでオリンピックにおいて数々の功績と記録を残している。日本初の金メダル獲得となった1928年のアムステルダム大会から2016年のリオデジャネイロ大会まで、22名の選手がメダルを獲得している。特に大きな功績を残した2名のメダリストとして、織田幹雄と室伏広治を紹介する。
織田幹雄は、歴代オリンピックにおいて日本で初めて金メダルを獲得した選手である。日本は第5回1912年のストックホルム大会からオリンピックに出場しているが、金メダルを獲得したのは第9回1928年アムステルダム大会での織田幹雄が初めてだった。金メダルの獲得は、個人競技ではアジア初でもあった。
織田は1905年に広島で生まれた。こどもの頃から運動が得意だったという織田は、中学3年から本格的に陸上競技に取り組むようになり、その才能を開花させた。1922年には初めて国際大会(第6回極東選手権競技大会)で優勝。「ジャンプの麒麟児」として全国に知られるようになった。1924年パリオリンピック出場を経て、1925年に奨学金を得て第一早稲田高等学院(現早稲田大学高等学院)へ進学する。
アムステルダムオリンピックでの金メダルは大学3年生のときである。アムステルダムオリンピックにおいて、織田は三段跳で15m21cmを記録して見事金メダルを獲得した。世界的には無名であった織田の快挙は予想外だったため、大会本部は「君が代」のレコードも分からず、日章旗の用意もなかった。国歌は途中から始まり、途中で終わったという。国旗も大会では日本の国旗が用意されておらず、織田が持参した国旗が掲げられたという逸話が残されているほどだ。
織田がスポーツの世界に日本の名を知らしめた三段跳び。その後、1932年ロサンゼルス大会の南部忠平、1936年ベルリン大会の田島直人と、日本人が3大会連続で金メダルを獲得。「日本のお家芸」として世界に君臨した。
「三段跳」という種目名は、当時英語で「ホップ・ステップ・アンド・ジャンプ」と呼ばれていたものを、競技名が長すぎるとして織田が日本語に訳し提案したものである。また、旧国立競技場には織田の記録である15m21cmの「織田ポール」が立てられており、織田は「日本陸上の神様」と讃えられた。
第一早稲田高等学院卒業後の1931年、朝日新聞に入社。その年の学生競技大会で15m58cmの世界記録を出しているが、その後故障から現役を退き、記者として陸上の発展に尽力した。
近年陸上男子において大きな功績を残したメダリストと言えば、やはり室伏広治だろう。室伏広治は、1974年、「アジアの鉄人」と呼ばれた室伏重信氏の息子として静岡県で生まれた。幼い頃からテニス、水泳、野球、少林寺拳法など様々なスポーツを経験し、千葉県の成田高校に進学してからハンマー投げを始めたという。それから次々に高校新記録、高校最高記録を打ち立て、1991年と1992年にインターハイで優勝を飾った。
2004年のアテネオリンピックにおいて、室伏広治はハンマー投で82m91を投げて金メダルを獲得。オリンピックの投てき競技における日本人初のメダリストになっただけでなく、オリンピック・国際大会を通じても史上初の日本人金メダリストになった。さらに8年後のロンドンオリンピックにおいても78m71を投げて同種目で銅メダルを獲得し、初の複数大会でのメダル獲得者になった。
また、日本選手権では、初優勝を飾った1995年から2014年まで前人未踏の20連覇という記録を達成し、世界陸上においても、2011年テグ大会で男子最年長優勝者として金メダルを獲得した。世界陸上とオリンピックの両大会での金メダル獲得は、日本人史上初の快挙である。輝かしい実績の数々は枚挙にいとまがない。
2012年ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得したのち、2013年9月に2020年東京オリンピック開催が決まると、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事や東京医科歯科大の教授に就任。多忙を極め、練習量は激減したが、2016年5月下旬に「チャレンジしたい。熊本地震で被災した方々を勇気づけたい気持ちもある」と、2年ぶりの日本選手権出場を表明した。
結果は、3投目までの最高が自己ベストを20m以上下回る64m74にとどまり、4投目以降へ進めず12位に終わった。5大会連続のオリンピック出場を逃し、引退の意向を表明した。
陸上日本男子の偉大なメダリスト2人を紹介したが、他にもこれまでのオリンピックで数々の功績と記録を残している。陸上男子の全メダリストは以下の一覧の通りである。
【1928年 アムステルダム大会】
織田 幹雄 三段跳 金
【1932年 ロサンゼルス大会】
南部 忠平 三段跳 金、走幅跳 銅
西田 修平 棒高跳 銀
大島 鎌吉 三段跳 銅
【1936年 ベルリン大会】
田島 直人 三段跳 金、走幅跳 銅
孫 基禎 マラソン 金
原田 正夫 三段跳 銀
西田 修平 棒高跳 銀
大江 季雄 棒高跳 銅
南 昇竜 マラソン 銅
【1964年 東京大会】
円谷 幸吉 マラソン 銅
【1968年 メキシコシティ大会】
君原 健二 マラソン 銀
【1992年 バルセロナ大会】
森下 広一 マラソン 銀
【2004年 アテネ大会】
室伏 広治 ハンマー投 金
【2008年 北京大会】
塚原 直貴 4×100mリレー 銀
末續 慎吾 4×100mリレー 銀
高平 慎士 4×100mリレー 銀
朝原 宣治 4×100mリレー 銀
【2012年 ロンドン大会】
室伏 広治 ハンマー投 銅
【2016年 リオデジャネイロ大会】
山縣 亮太 4×100mリレー 銀
飯塚 翔太 4×100mリレー 銀
桐生 祥秀 4×100mリレー 銀
ケンブリッジ飛鳥 4×100mリレー 銀
荒井 広宙 50km競歩 銅
これまで、三段跳とマラソンでの活躍が目立った陸上日本男子だったが、北京大会・リオ大会では4×100mリレーで銀メダルを獲得。100mでは桐生祥秀やサニブラウン・ハキム、小池祐貴が10秒の壁を突破した。他にも50km競歩でもメダルを獲得するなど、新しい風が吹いている。次の五輪では新しい種目での金メダルを期待できるかもしれない。これからのメダリストの誕生に大きな期待を寄せたいところだ。
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