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パシフィックリーグマーケティング株式会社
執行役員 COO/CMO根岸 友喜氏
2013年よりプロ野球パ・リーグ6球団共同出資会社のマーケティング責任者として、プロ野球の新しいファンを増やすミッションを遂行中。主にインターネット事業にフォーカスし、最近ではプロ野球のノウハウやアセットを活かして、ゴルフなど他競技のマーケティング業務もスタート。以前は、楽天イーグルスの事業企画・広報責任者、J&JとJTBでセールス&マーケティングを行っていた。グロービス経営大学院(MBA)修了。
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一般社団法人 日本女子プロ野球機構
事業理事石井 宏司氏
東京大学大学院にて認知科学、教育×ITについて研究。1997年にリクルートに入社し、インターネット関連の新規事業、エンターテインメントの新規事業、地方創生コンサルティング、人材コンサルティング、事業再生などに従事。その後野村総合研究所にて経営コンサルティング、スポーツマネジメントコンサルティングに従事。アメリカにてスポーツ×ITのテーマのカンファレンスに多数参加。現在は日本女子プロ野球リーグ事業理事。日本女子プロ野球リーグは、現在世界で唯一ある女性選手によるプロ野球のリーグ。日本の女子野球のレベルは世界ランキングNo.1で、世界大会は現在5連覇。世界でも活躍する選手が在籍しているリーグ。
前編では、根岸さん、石井さんがスポーツビジネスに携わるようになったきっかけや、五輪問題、球団経営の裏側、女子プロ野球のグローバル化についてお話をお伺いしてきました。
■ファンを増やすマーケティングの鍵は、データ活用
金島:今回はまず、プロ野球・テクノロジー・ファンとのコミュニケーションにおいてデータ活用が進んできていることについてお伺いいたします。弊社も現在はβ版ですがデータから勝敗予測ができるように進めているので様々なデータを拝見しているのですが、プロ野球の各球団もそういったデータを購入し、対戦相手を分析するなど活用しているとお聞きします。集客状況やデモグラフィックデータの活用もされているようですが、球団経営としてどのように扱って意思決定されているものなのでしょうか。
根岸:ベースボールオペレーションと選手の強化、スカウティング、ファンを増やすマーケティングサイドの話を分けますね。
まずベースボールオペレーションは、データの解析手法はたくさんありますので、今後単なる数値としての0か1かの解析に加えて、当然「セイバーメトリクス(編集者注:野球の戦略をデータで考える手法のひとつ)」やAIの活用はますます進化すると思いますが、それはフィールド上の戦いなので各球団の独自性を出すという意味で各球団がやればいいと思います。
それがどう経営に紐づくかというと、その因果関係はたぶんまだ誰も証明できてないと思います。選手に対して次の対戦相手の傾向分析や、定量的なファクトを出して、選手が普段の実力以上の結果を出せるようになればチームが勝ち、優勝を目指すことができ、最終的にファンに貢献できるという意味で経営に直結するのではないかと思います。
金島:なるほど。
根岸:一方、ファンを増やすマーケティングは、2つあります。1つは試合のスタッツデータの活用ですね。2つめは集客のためのデータ活用です。
前者はファンに対してチームがどんなデータを使っているか出そうと思えば出せますが、セイバーメトリクス等に理解がある野球に詳しいファンにしか響かないんです。野球は統計学と親和性が高いスポーツですが、数字の羅列としてのニッチなもので終わらせずインフォグラフなどビジュアルで見せ方を変える、たとえば足が速い選手がいたらボルトと比べてどう?など新しい視点で新しいファンを醸成するチャレンジをしたいですね。
後者は各球団によってやっていることが異なりますが、野球の場合は観客動員数を増やそうとしたときに、複雑な要素が絡みすぎて分析の特定が難しいんですよ。要因が天候、日取り、予告先発なのか、チームの成績状況など複合的な要素が絡みすぎて判断が難しい。その中で各球団は過去データから解析し、この試合は何も仕掛けをしなかったら3万人の動員だろうけど、あと2千人集めるためにはイベントをやろうとか、ディスカウントをしようなど意思決定ができてくるんです。そういった施策は各球団が独自のやり方でやってるので表には出てこないですが、実はパ・リーグ各球団に関してはすごく緻密にやっていますね。
観客動員数のファクトデータのほかに、ファンクラブ会員などのパーソナルなデータをCRMで分析をして、たとえば同じ人が年間4回来てたら、来年は5回に増やそうみたいな施策を、結構やっています。
金島:データ解析を綿密に行って活用されているんですね。個人的にも非常に興味があります。
さて、JWBLはまだ7年だと先程伺いましたが、データ活用についていかがでしょうか。
石井:ベーシックな配球データは、試合に出ない控えの選手がスコアラーとして計測し、選手だけのクローズドSNSで対戦分析をすることはしています。データ利用についてはだいぶ進化していますが、当然男子に比べてフィジカルで劣るところを完全に定量的なデータで取ってしまうと、ファンからすると面白くないことにもなり得ます。
重要なのは、定量的なデータをどう解析してファンに定性的に伝えるか。たとえば華麗な、美しい三振の取り方っていうものをうまくデータとして取ってきて、ある種加工してITで見せてくみたいな感じですね。そういう新しいテクノロジーがたぶん求められると思いますね。それはもしかしたら角度なのかもしれないし、スローモーションにするなどの見せ方なのかもしれません。男子にはない女性特有の滑らかさとか美しさを取り扱っていけたらと思っています。
▲身長177cmのビッグエース・古谷恵菜選手
■女子プロ野球のパワーの秘密
金島:女子プロ野球でも公式ボール、金属バットを使っていますが男性のようにホームランを飛ばす選手も増えてきましたね。身体能力を上げるような科学的トレーニングも取り入れているのでしょうか。
石井:具体的にやっていることが2つあります。まず1つは元NPBの男子プロコーチを各チームに取り入れています。男子プロ野球のトレーニング方法を取り入れたことも大きいです。もう1つは、だいぶ長くやっていることですが鹿屋体育大学様にご協力いただいて、特に一年目二年目の若い選手、主力のピッチャーは毎年ピッチングフォームや投球速度などのデータを鹿屋体育大学で取っています。
金島:特に今回の女子野球ワールドカップでびっくりしたのが、日本女子野球選手の体格の良さでした。たまたま台湾代表の試合を見ていたんですけどアメリカ代表に勝ったんですよね。でも実際には身体がとても小さいです。
一方、日本代表選手でいうと、たとえば川端選手は身長が170センチで今回の打率も5割。今後、各国で女子プロ野球が普及していった際に体格のいい国の選手によるパワーが強そうですが、それを見据えた取り組みは始めているのでしょうか。
石井:そうですね、もうひとつ重要視しているのは食事です。当たり前ですけど女性のほうが男性に比べて筋肉がつきにくく落ちやすい。筋肉をつけて、さらに落ちにくくするために効果的なたんぱく質の補給をうまくやらないとオフシーズンで筋肉が落ちちゃったりするんですよ。オフのトレーニングメニューや、女性特有の月間バイオリズムによって食欲が落ちたときにタンパク質のサプリメントで補うなど、男子以上にシビアに管理しないと体格が保てないんです。栄養士がしっかりついていて、たとえば筋肉が落ちがちな選手は、毎回の食事を写真に撮って栄養士にメールするなど食改善をやってるケースがあります。
アスリートに適した食生活が残念ながらできていない選手もいるので、プロとしての生活習慣が身に付くまでは少し管理をするということですね。
金島:現在4球団があって年間戦っていますが今後はどこかの企業が球団経営するケースなども出てくるのでしょうか。
石井:これはリーグ創設のときからなんですけど、基本的に新球団は常に募集中です。でも、そもそも募集していることも知られてないので、まだあまり応募がない状況ですね。関西で発展してきたのも要因です。関東にはまだ知られていないですし、参入しやすいようにビジネス基盤を我々がちゃんと作るべきだと感じています。そのためにマーケティングツールを揃えたり、それこそパ・リーグマーケティングさんに倣って、たとえば放映権をマネジメントできる仕組みだとか、リーグでリードして各球団をサポートしながらもっとハードル低く経営できるような仕組みをもっともっと整備していきます。簡単に言うとコンビニのフランチャイズモデルみたいに、これをやってくれればあとは全部我々の方がツール提供します、というような仕組みですね。
■野球そのものの価値を深掘りすること
金島:なるほど、面白いですね。では、次の質問に行きたいと思います。
日本、北米、欧州でスポーツの楽しみ方が違うと、先日石井さんから教えていただいたんですけど、お酒を飲みながらスポーツベッティングをして友達とわいわいしながら帰ってくるというのは、特に日本の場合は賭博の法律の問題があって非常に厳しいなと思います。
でも経営側ではなく、ファンがより楽しむためにどのような取り組みがあればいいのかなと考えたときに、僕個人ではスポーツベッティングというのはすごく魅力的だなと思っちゃうんですね。
やはり日本はスポーツベッティングに対して、結構厳しそうなところがありそうですかね。また、ファンが他に楽しむ方法ってほかにどういうものがありそうですか?
根岸:最初のご質問に対しては、野球の場合過去に「黒い霧事件(編集者注:1969年~1971年にプロ野球界で発覚した八百長事件)」のような歴史があったりするので非常に敏感になっていて、今でもなかなかベッティングの方に行けないというのは事実であります。
個人的には僕はオンラインのスポーツベッティングがありかなしかというと、ありだと思っています。そういう風に楽しみたい方もいるでしょうから。ただし、それにまつわるさまざまや制約ルールは、どちらかというとやっている側に設けなければいけないのかなと。今の野球界でいうと過去の歴史もあるのでなかなか一筋縄ではいかないのかなと思っています。
一方、ベッティングのあるなしは一旦置いといて、それ以外でどうやったらファンがもっと楽しめるのかというと、まず野球場に来てもらうことが究極の目的だとしたら、野球のルールがよく分からなくても球場の雰囲気が楽しいとか、応援している雰囲気が楽しい、彼氏彼女が行きたいといっているから行くなど、動機は千差万別でいいと思います。僕らがもっとやらなければいけないのは、様々なデータを使うなどしてもっと球場での体験や野球そのものを深掘りすること。当たり前なんですけど、僕らの提供価値の本質的なものなので。
パ・リーグは比較的にどの球団球場もそちらの方に向かっているんですけども、まだまだできることはたくさんあると思っています。
金島:僕は大阪に住んでるので京セラドームに時々いくんですけども、以前と違ってグッズだけじゃなくて、こどもが楽しめるようなアトラクションが増えてきていると思います。野球を見るだけではなくて触れるというか、そっちの方にファンもシフトしていっているんですかね。
根岸:そうですね。プロ野球というものの価値提供が変わってきていると思っています。たとえば30~40年前ですと、とにかく平日の夜には巨人戦が無料の地上波でやっているわけですよね。なので、野球がよくわからない人でもなんとなく、打ったら右に走るんだろうなとか、王さんや長嶋さんを始めとする選手の名前がわかるわけですよ。
翻って今は無料でテレビを見ている人はほぼタッチポイントがないです。となると、野球のルールはただでさえ複雑なのに、それが非常にわかりにくいものになる。わからない人に対して昔は意図的にアプローチする必要がなかったんですね。でもこれからの時代は、もっと我々が意図的に野球を知らない人に対してアプローチをしないといけない。
アプローチの仕方はたくさんあるので、僕らはそれに優先順位をつけてやっていけばいいかなと。
■女子プロ野球だからこそのドラマ性
金島:ありがとうございます。では石井さんに質問したいと思います。(男子)プロ野球の場合、あるいはMLBやバスケット、ボクシングでもそうですけど、ものすごい迫力があると思います。一方フィジカル面の話も出てきますけども、女子プロ野球は迫力という面では劣ってしまうということがあると思うんです。日本プロ野球と同じ見方ではだめなんじゃないのかなと思います。
どのような見方、どういう風に楽しむのが今後ファンや球団のテーマだと思いますか。
石井:非常に鋭いご指摘だなと思います。このビジネスを始めるときに、男子野球の対極に女子野球を置かれてしまうと、当然あるものがない野球というのになってしまうので、まったく別軸のところでどう認知してもらうかを考えなきゃいけないなあと思ったんですよね。
そこで一つコンセプトとして置いたのが、頑張っている女性たちの姿に触れた時に、何か合理性が行き過ぎた現代の中で失ったものを思い出すような、そういったバリューを提供したいなと。女性でありながら野球をやって、一塁に間に合わなかったらヘッドスライディングして真っ黒になったり、毎日豆を作ってバットを振って戦って、デッドボールやイレギュラーした球が当たってあざになったりもするわけですね。
今は小規模ですから非常に近くで見れますし、終わった後も選手はサイン会に出てきますので、頑張ってる女性たちを間近で見て、改めてちゃんと自分の人生を生きようと勇気をもらうとかですね。そういう価値、なんだかよくわかんないんだけど女子野球ってすごいよねっていうような。
金島:ファンの心の琴線に触れるような。
石井:はい、そうですね。データよりもそういうドラマを主軸に提供したいと思っています。
金島:つまりそのドラマの、一瞬一瞬を再現してファンに見せたいなと。やはりそうなってくると今後はITとか動画を活用したり、どうストーリー化させていくか考える必要があるのかなと思います。
石井:そうですね。今後ファンのエンゲージメントとか感情のバロメータもとれるようになってくると思うので、たとえばファンのエモーショナルな部分が一番高かった動画が、自動的にAIで切り出されてダイジェストになっていくというのも面白いと思いますし。
そういう感性の部分に組み込まれたようなITの使われ方は、我々女子野球の方がより求めているものですし、そういう風にならないかなって考えています。
あとがき
中編ではデータを駆使したファンとのコミュニケーションを中心に、プロ野球ファンへの価値提供、女子プロ野球の見せ方など、現場レベルのお話をお伺いしました。
後編では、お二人がスポーツビジネスに携わっているからこそわかる苦労や面白みのお話をお届けします。