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感動の金メダル!小原日登美選手の輝かしい功績

2016 12/9 21:03
レスリング(プロレスではない)
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出典 http://www.asahi.com

小原日登美選手は旧姓・坂本日登美選手。妹の坂本真喜子選手と共にレスリング姉妹として有名だ。一度は現役を引退したが現役復帰、2012年のロンドンオリンピックでは金メダルを獲得している。オリンピック後に引退を表明した小原選手のレスリング人生と、その輝かしい功績を紹介する。

レスリング小原日登美選手、姉妹でスタートしたレスリング人生

小原日登美選手は1981年1月4日生まれ、青森県八戸市出身だ。
幼少からレスリングに取り組み、1998年には全国高校生選手権の50kg級で優勝した。続く1999年全日本女子学生選手権の51kg級と、全日本選手権で優勝するなど目覚ましい活躍をみせる。
4歳下の真喜子選手は48kg級で活躍しており、レスリング坂本姉妹として一躍有名になる。2000年は世界選手権で優勝、翌年2001年は連覇を達成したが膝の負傷で一時試合からは遠ざかっていたが2004年に復帰した。

レスリング小原日登美選手に立ちはだかる階級の壁

復帰後も好調で、2005年にはアジア選手権と世界選手権では優勝、全日本選手権でも勝利を納めた。同年に自衛隊に入隊し、自衛隊体育学校に所属す。2006年と2007年の世界選手権で再び連覇を達成し、オリンピック出場が期待された。
しかしオリンピックでは所属する51kg級が実施されないため、階級変更を余儀なくされる。48kg級には真喜子選手がいるため、55kg級での出場を目指す。
しかし55kg級にはあの吉田沙保里選手が立ちはだかり、2007年の全日本選手権では完敗、世界選手権でも吉田選手が優勝したため小原選手の北京オリンピックの道は断たれてしまう。

レスリング小原日登美選手、現役引退を決断

オリンピック出場の夢が断たれ失意の中、体重は20kg以上増えてしまった小原選手。うつ病や過食に苦しんだ時期もあったそうだ。
2008年世界選手権での優勝を最後に現役引退を表明し、妹の真喜子選手のコーチとして指導にあたる。指導者として姉妹でオリンピックを目指すが、真喜子選手は、世界選手権で敗北、2009年に結婚を機に現役を引退する。この時真喜子選手から

「自分はもう無理なので、私の分までやってくれ」と告げられた

出典: J-CASTニュース

ことがきっかけで、現役復帰を決意したのだ。

復活!レスリング小原日登美選手

妹・真喜子選手からのバトンを引き継ぎ、48kg級で2012年のロンドンオリンピックを目指すことになった小原選手。復帰した翌年の2010年に行われた世界選手権モスクワ大会で7度目の優勝を果たした。
同年、元レスリング選手で自衛官の小原康司氏と結婚したことを公表し、現役続行することを表明した。夫である小原氏は練習をビデオに撮るなどサポートを続けた。
2011年、それまで旧姓での登録名だったが翌年には結婚後の戸籍名の『小原日登美』に変更している。同年イスタンブールで開催された世界選手権で8度目の優勝を飾り、見事な復活を遂げたのだ。

レスリング小原日登美選手、家族と手に入れた金メダル

2011年12月の全日本選手権でも優勝し、ロンドンオリンピック女子48kg級の代表選手に決定した。そして迎えた2012年8月9日、家族に見守られる中悲願の金メダルを獲得したのだ。悲運と、多くの困難を乗り越えて手にした金メダルに涙した人も多いのではないだろうか。
小原選手はこの金メダル獲得により、2度目の第1級賞詞が授与され、同年に青森県県民栄誉賞、八戸市民栄誉賞、2度目である彩の国スポーツ功労賞、さらに紫綬褒章も受章した。このオリンピックを最後に現役引退を表明した。

まとめ

困難の連続と悲運を乗り越えて悲願の金メダルを手にした小原選手だが、引退後は待望のお子様にも恵まれたという嬉しいニュースがあった。現役選手や、後進の若手選手が小原選手のバトンを受け継ぎ、これからの日本レスリングを盛り上げていってくれるのを見守りたい。

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