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年収66億円、大坂なおみの「うつ」告白に見えるトップ選手の苦悩と重圧

2021 6/6 06:00田村崇仁
大坂なおみⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

突然の会見拒否から全仏棄権、衝撃告白の波紋

女子テニスで世界ランキング2位の大坂なおみ(23)=日清食品=が5月31日、自身のツイッターで「うつ」症状を公表し、四大大会第2戦の全仏オープン(パリ)のシングルス2回戦を棄権すると表明した。

当初は突然の大会中の記者会見拒否が波紋を呼んだが、衝撃的な告白はスポーツ界の枠を超えて反響が広がり、世界のトップアスリートでも人知れず重圧やストレスを抱えて精神面での苦悩や葛藤と無縁ではないことが改めて浮き彫りとなった。

米経済誌フォーブス(電子版)は6月2日、大坂の年間収入が6000万ドル(約66億円)となり、女性アスリート史上最高額を更新したと公表。昨年自身が記録した3740万ドル(約41億円)を大幅に上回り、広告収入が5500万ドル(約61億円)を占めるという。

メンタルヘルスの専門家は、多くのスポンサーを抱えるトップ選手ほど重圧への理解が必要と呼び掛けており、大坂自身はツイッターで「2018年の全米オープン以降、長い間うつに悩まされてきたことが真実です。対処にとても苦しんできました。私を知る人は誰でも私が内向的であることを知っています。大会で私が不安を和らげるためにヘッドホンをつけている姿に気づいたと思います」と告白した。

カプリアティは燃え尽き症候群から薬物トラブル

テニス界にはメンタルヘルスで若い選手を守るためのルールがある。年齢で大会出場数を制限したもので、女子で14歳未満はプロ大会に出場できない。

これはかつて「天才少女」と騒がれ、16歳の若さで1992年バルセロナ五輪金メダルに輝いた元世界ランキング1位のジェニファー・カプリアティ(米国)が10代で「燃え尽き症候群」に陥り、ツアーを離脱して万引やマリフアナ所持などトラブルを起こした過去の悲しい事例も踏まえ、新たに設けた規則だ。

今や選手のメンタルヘルスを支援する制度は充実しているが、それでもツアーを転戦するテニスの世界は個人競技だけに、華麗なイメージとは裏腹にシビアで孤独ともいえる。

五輪で史上最多、通算23個の金メダルを誇る競泳男子の元スター選手、マイケル・フェルプス氏(米国)は引退後、自殺を考えることもあったほどのうつなどに苦しんできたことを語った。国際プロサッカー選手会が実施したアンケート調査によると、現役サッカー選手の38%、元選手の35%がうつ症状や不安障害に苦しんできたという結果が出たこともある。

差別反対運動でメッセージ発信、会見拒否で罰金

父がハイチ出身、母が日本人で米国在住の大坂は日本代表として東京五輪に出場するため、国籍の選択に踏み切った。

5月には世界で活躍したスポーツの個人、団体に贈られる「ローレウス・スポーツ賞」の年間最優秀女子選手賞を受賞。2020年に全米オープンで2度目の優勝を遂げ、黒人差別反対運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命も大事だ)」の活動を支援したことも評価され「声を上げ、行動することがとても大切。多くの人に影響を与え、もっと影響力のある人間でありたい」との談話を発表していた。

表情豊かでウイットに富んだ大坂の記者会見は朗らかな人柄が伝わり、海外メディアにも人気があった。しかし大会前に全仏では選手の精神状態が軽視されていると訴え、会見に応じない意向を唐突に表明。5月30日の1回戦で勝利後は予告通りに記者会見を拒否し、罰金1万5千ドル(約165万円)を科され、違反が続けば他の四大大会でも出場停止となる可能性があった。

一方で最近はBLM支援やジェンダー平等に関する力強いメッセージを発信しつつ、時折ナイーブさをのぞかせる場面もあり、心の葛藤はあったのだろう。

テニス界の男女同権を訴え続け、女子ツアーを統括するWTAを創立した名選手のビリー・ジーン・キングさん(米国)は、ツイッターで「うつに悩まされてきたことを明かした大坂なおみはとても勇敢。重要なことは彼女に必要な時間を与えることだ」とつづった。

少しの間コートを離れ、東京五輪へ

米経済誌フォーブスによると、大坂と契約を結ぶスポンサー数は20社を超え、広告収入で大坂を上回るアスリートはテニスのロジャー・フェデラー(スイス)、ゴルフのタイガー・ウッズ(米国)、米プロバスケットボールNBAのレーカーズでプレーするレブロン・ジェームズ(米国)のみとしている。

大坂に今必要なのは休息と安らぎの時間だろう。ツイッターで「私は元々人前で話すのが得意ではなく、世界のメディアに向けて話す前は大きな不安に襲われます。本当に緊張し、常に最善な答えを出そうとすることがストレスになります。パリでは既に弱気になり不安を感じていて、自分を守るために記者会見をやめたほうがいいと考えました」とも心境を語っている。

金メダルが目標の東京五輪開幕まで50日を切った。「少しの間、コートを離れる」とし、復帰時期には触れなかったが「時期が来たらツアーと協力して選手、報道機関、ファンにとって事態を改善するための方法を話し合いたいです。とにかくみんなが元気で安全でいることを望んでいます。みんなを愛しているし、また会いましょう」と締めくくった。強くてたくましい大坂がコートに戻ってくる日を待ちたい。

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