「ミシャ式」が誕生した2008年
Jリーグの歴史の中で最も革新的な戦術の1つが、サンフレッチェ広島を率いていた当時、ミハイロ・ペトロヴィッチが完成させた「ミシャ式」とも呼ばれるものだろう。「ミシャ」とはペトロビッチ監督の愛称である。
ペトロビッチは、2006年シーズン途中に下位に低迷していたサンフレッチェ広島の監督に就任。そのシーズンは何とかJ1残留に成功するも、翌2007年は16位となりJ2に降格してしまう。
ここでクラブは、異例ともいえる監督留任を発表する。当時の主力ウェズレイ、駒野友一が退団となったが、森崎和幸、森崎浩司兄弟、後に日本代表にも選出されることとなる槙野智章、森脇良太、青山敏弘、柏木陽介らの若手を中心に、新たな戦術の構築に成功。
これが後に「ミシャ式」としてJリーグを席巻することとなる。
「ミシャ式」が誕生した2008年のサンフレッチェ広島は、爆発的な強さを見せ開幕節から1度も首位の座を譲らず、9月中にJ2優勝を決定。1年でのJ1復帰に成功した。
革新的な可変システム
ペトロビッチが「ミシャ式」を完成させてからの2008年〜2011年のサンフレッチェ広島。その後就任した2012年〜2017年途中までの浦和レッズ。
ともにフォーメーションは「3-4-2-1」として紹介される。ちなみに、新たに就任した北海道コンサドーレ札幌もジェイが加入した2017年途中からは同じ「3-4-2-1」である。
ペトロビッチによって作り上げられた「ミシャ式」の特徴は、攻守で形を変える「可変システム」。
攻撃時には3バックの両サイドが大きくサイドに開き、守備的ミッドフィールダーの1人が最終ラインの中央に下がる。さらに左右のウイングバックは、オートマチックに前線にあがりウイングとなる。
この結果、最終ラインは4人となり、その前に守備的ミッドフィールダーが1人、前線にはワントップ+2シャドーに合わせて両ウイングの5人。つまり攻撃時は4-1-5の布陣へと変形するのだ。
2018年には、世界的にも数多くのチームで見られるようになった「可変システム」だが、「ミシャ式」はその世界的な流れよりもずっと早く、10年前の2008年に既に完成させていたのだ。
「4-1-5」フォーメーションに込められた罠
4-1-5フォーメーションにはその名の通り前線に5人、最終ラインに4人が並ぶ外枠の中にぽつんと1人だけしか選手がいない。つまり中盤を意図的に空洞化させているのだ。
中盤を意図的に空洞化させる形は、近年ヨーロッパで見られるようになってきた戦術の1つ。それをペトロビッチは、世界的な流れよりもずっと早くに取り入れていた。
中盤を空洞化させる目的は、相手の守備組織を前後に分断させること。ペトロビッチ監督はボールを保持しゲームを支配する戦い方を好み、戦術の基本はボール保持にある。
そのため、対戦相手の狙いとなり得るのはボールをさせないこと。高い位置からのハイプレスが代表的な対策の1つとなる。
しかし4-1-5で構えると、対戦相手の守備的ミッドフィールダーが連動しにくくなる。安易に連動して高い位置からのハイプレスに参加すると、4-1-5の前線中央のワントップ+2シャドーにバイタルエリアを明け渡してしまうことになるからだ。
対戦相手はボールを奪い返そうとすればするほど、前後分断に陥る。4-1-5フォーメーションにはそんな罠が込められている。
前線に5人が並ぶ意味
相手を前後分断に陥れてからは、中盤の1人を中心に前線に5人が並ぶ5トップが強みを発揮する。中盤の1人を務めるのは、サンフレッチェ広島では青山敏弘、浦和レッズでは柏木陽介。
パス能力の高いプレーメーカータイプの司令塔が入り、この選手が前線の5人をあやつる事になる。ちなみに、この5人が並ぶ形も近年では、ヨーロッパのトップクラブを中心に「5レーン理論」として注目を集めている戦術につながるものでもある。
サッカーの基本的な陣形は、4-4-2などの4バック。最終ラインと中盤に4人が並ぶことで特に守備面でのバランスが良いとされている。
「ミシャ式」の5トップはこの4バックを攻略することに長けた布陣。守備側の4人に対して5人が並ぶことで常に1人が余ることとなる。
そうなれば相手を前後分断に陥れることで、フリーとなった司令塔から中央を固めればサイドを、サイドを注意すれば中央へとボールが配給されるのだ。
北海道コンサドーレ札幌に攻撃サッカーを持ち込むことができるか
もちろん「ミシャ式」にも弱点が無いわけではない。中盤を故意的に空洞化しているため、ボールを奪われてしまうと一気に中盤を通過され最終ラインまでボールを運ばれてしまう。
ペトロビッチがサンフレッチェ広島でも、浦和レッズでも強さを発揮しながらもJ1優勝という結果をつかむ事ができなかったのはそのためだ。
しかしその手腕は本物である。ペトロビッチ監督が率いたチームはJリーグでも常に上位争いを行い、ボールを保持しながら戦う攻撃的なサッカーには信奉者も多い。
興梠慎三は「ミシャ式」に魅了され、鹿島アントラーズから浦和レッズへの移籍を選択したぐらいだ。
北海道コンサドーレ札幌は、これまではどちらかと言えば守備的で現実的なサッカーを行ってきたチームである。そんなチームに、理想主義ともいわれるほど攻撃的サッカーを信条とするペトロビッチが就任する2018年。
Jリーグで最も注目を集めるチームの1つであることは間違いない。