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躍進のJ初年度、鹿児島ユナイテッドFCの2016-2017を解説

2017 1/20 10:11
サッカー 青
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出典 http://www.asahi.com/?iref=com_gnavi_top

今季J3入りを果たした鹿児島ユナイテッドFC。 最終的には5位でシーズンを終えることになりましたが、J3初年度ながら一時は首位に立つなど躍進を見せたシーズンでした。 そんな鹿児島ユナイテッドFCの今季を振り返ります。

悲願のJクラブに

鹿児島ユナイテッドFCがJリーグに入りに動き出したのは、Jリーグがまだ3年目の1995年、九州リーグで戦うヴォルカ鹿児島がJリーグを目指すことを表明したことに始まります。しかし、経営問題などで何度も計画の見直しを迫られ、その計画自体がストップしたかのようになってしまいます。
そんな中で鹿児島を本拠地とする別のクラブFC KAGOSHIMAが新たにJリーグを目指すことを表明。鹿児島からJリーグを目指すクラブが2つできることになります。 これを受け、2クラブが同一スタジアムを使用していたことなどから、Jリーグ側は一本化を要請。その結果、同じ街のライバルクラブが合併することを目指しますが、当然ながら話し合いは難航。しかし、2年にわたる協議の末なんとか合併がまとまり、鹿児島ユナイテッドFCが誕生。2016年にようやくJ3に加入することになりました。

チームの大黒柱も紆余曲折を経験した苦労人

鹿児島ユナイテッドFCの攻撃は、中盤の底に位置する赤尾公選手の縦パスから始まります。この赤尾選手も紆余曲折、異色のキャリアを積んできました。
赤尾選手が最初に全国的に注目を集めたのは鹿児島実業高校時代。2年時には高校選手権で優勝、3年時にはキャプテンとなり再び決勝に進出、最後は乾選手や楠神選手を擁する野洲高校に敗れてしまいますが、U-18日本代表候補にも選出されるなど多くの注目を集めました。 大学卒業後に加入したのは、翌年にはJ2に昇格するガイナーレ鳥取。赤尾選手は出場機会をつかめず、翌年には現役を引退。アマチュアとしてプレーする道を選びます。
しかし、2012年に故郷のヴォルカ鹿児島がJリーグ入りを目指す中でオファーを出して現役復帰。2016年のシーズン、ついに赤尾公選手がJリーグの舞台に立つことになりました。

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