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守備的ミッドフィールダーが背番号8番をつけるJリーグのクラブ

2017 9/13 14:03Aki
サッカーボール
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背番号8番といえば

背番号8番といえばどういった選手を思い浮かべるだろうか。 日本代表では近年清武弘嗣選手が背負うことが多く、清武選手も所属するセレッソ大阪では、8番が森島寛晃氏が背負ったことでクラブのエースナンバーとなっているため、攻撃的な選手を思い浮かべる方も多いことだろう。
しかし、海外に目を向けると実は守備的ミッドフィールダーがつける事が多い番号でもある。
その代表的な国がブラジルだ。ブラジル代表の1990年以降に行われたFIFAワールドカップ、コパ・アメリカ、FIFAコンフェデレーションズカップなどの主要大会での背番号に目を向けると、1990年イタリアワールドカップで8番をつけたのは、後に名古屋グランパスエイト(当時)でもプレーしたバウド氏だ。彼は守備的ミッドフィールダーとして攻守に渡ってチームを牽引した。

その後長きに渡って8番をつけたのはドゥンガ氏で、彼も守備的ミッドフィールダーだった。
他にもエメルソン氏、ヴァンペッタ氏、クレベルソン氏、ジウベルト・シウバ氏など全て守備的ミッドフィールダーだ。直近のコパ・アメリカでも守備的ミッドフィールダーのエリアス選手がつけており、攻撃的な選手がつけたのは2006年ワールドカップのカカ選手のみだった。
おそらく最初の質問をブラジル人にぶつけると、ほとんどの人が守備的な選手と答えるだろう。

8番と5番が守備的ミッドフィールダー

ブラジルで8番が守備的ミッドフィールダーとなったのはその歴史に由来している。
元々サッカーの背番号は、選手を表すものではなくポジションを示すもので、ブラジルはいち早く2人の守備的ミッドフィールダーを置く布陣に移行した。その際にこのポジションを務めたのが5番の選手と8番の選手だったため、この2つの番号が守備的ミッドフィールダーを象徴する番号となり、歴代の代表チームにもその伝統が受け継がれてきたのだ。
先程名前を上げたブラジル代表で8番を背負ってきた選手のうち、ドゥンガ氏やフラビオ・コンセイソン氏、エメルソン氏の3人は、5番を背負ってコンフェデレーションズカップやコパ・アメリカなどの国際大会にも出場経験がある。

Jリーグで8番をつけた守備的ミッドフィールダー

現在のJ1に所属する18チームで8番をつけた守備的ミッドフィールダーは、FC東京の高萩洋次郎選手、横浜F・マリノスの中町公祐選手、アルビレックス新潟の小泉慶選手、ジュビロ磐田のムサエフ選手、ガンバ大阪の井手口陽介選手、サンフレッチェ広島の森崎和幸選手、の6人。およそ三分の一にあたる。
ブラジルとの関係が最も深いと思われる鹿島アントラーズに、8番をつけた守備的ミッドフィールダーがいないことは不思議な部分もあるが、鹿島アントラーズにもクラブ創世記は確かに8番をつけたサントス選手という絶対的な守備的ミッドフィールダーがいた。だがその後、外国人選手が引き継ぐという違った形で進化し、外国人選手には攻撃的なポジションを務める選手が多くなった。また、6番をつけた守備的ミッドフィールダーのレジェンド本田泰人の存在もあり、6番が守備的ミッドフィールダーの番号となったため、違った形で推移していくこととなったのだろう。

FC東京の高萩洋次郎選手と横浜F・マリノスの中町公祐選手

8番をつける守備的ミッドフィールダーがプレーする6チームをそれぞれ深掘りしてみよう。
まずは、高萩洋次郎選手が所属するFC東京。FC東京ではかつて藤山竜仁氏というクラブを象徴する選手が8番をつけており、ディフェンダーとしてプレーしていたが、藤山氏がチームを離れて以降は、松下年宏選手、長谷川アーリアジャスール選手、三田啓貴選手と一貫して守備的ミッドフィールダーが8番をつけている。
共通しているのは、その守備的ミッドフィールダーの中でも攻撃に特徴がある選手だということ。
これは実際にブラジルでも8番の選手はセグンダボランチ(第2ボランチ)と呼ばれ、第1ボランチに入るより守備的な選手と、8番をつける少し攻撃的な選手という組合せとなっている。

ちなみにブラジルでは第1ボランチは5番をつけるが、FC東京ではこちらもクラブのレジェンドである浅利悟氏が7番をつけて第1ボランチの役割を務めていたため、この番号は同じ守備的ミッドフィールダーの米本拓司選手へと受け継がれている。
ブラジル代表と全く同じ組み合わせとなっているのは、中町公祐選手が8番をつける横浜F・マリノス。そしてこのチームで5番をつけるのは、同じ守備的ミッドフィールダーの喜田拓也選手となっている。
中町選手はチームでも2番目の年長者となり、守備的ミッドフィールダーの中でも特に守備的な第1ボランチとしてのプレーも安定してできる様になっているが、本来は第2ボランチの選手。
この2人が同時にプレーする事は少ないが、役割としてはブラジルの考え方に近い。

アルビレックス新潟の小泉慶選手とサンフレッチェ広島の森崎和幸選手

アルビレックス新潟は、これまで獲得してきた外国人選手のほとんどがブラジル人選手ということからもわかるように、ブラジルとの縁が深いクラブである。
守備的ミッドフィールダーとしては、15番をつけたレジェンド本間勲選手がいるが、8番は現在の小泉慶選手や、レオ・シルバ選手、そして山口素弘氏と守備的ミッドフィールダーが多くつけている。山口氏は日本代表では5番をつけ第1ボランチとしてプレーしたが、元々は横浜フリューゲルスでブラジル代表の第1ボランチでもあったセザール・サンパイオ氏とコンビを組んだ第2ボランチの選手だった。

一方、サンフレッチェ広島で8番をつけている森崎和幸選手も、守備的ミッドフィールダーを代表する選手と言って良いだろう。かつてこのクラブには現在名古屋グランパスで監督を務める風間八宏氏が8番をつけ、後にサンフレッチェ広島の監督となる森保一氏と共に守備的ミッドフィールダーとしてコンビを組んでいた。ただ、サンフレッチェ広島はストライカーが10番をつけてきた歴史を持つなどヨーロッパの影響を深く感じさせるクラブでもある。
守備的ミッドフィールダーでもそれを感じさせるのは、このポジションで背番号8番の選手とコンビを組むのが背番号6番や7番の選手であるということ。
この組合せはフランスやドイツで見られる事の多い守備的ミッドフィールダーの組合せである。

ジュビロ磐田のムサエフ選手とガンバ大阪の井手口陽介選手

ジュビロ磐田のムサエフ選手とガンバ大阪の井手口陽介選手の2人は、背番号8番の守備的ミッドフィールダーだが他のチームとは少し様子が異なる。
それは両チーム共に、これまで8番をつけてきたのが守備的ミッドフィールダー以外の選手の方が多いということ。

ジュビロ磐田にはブラジル代表キャプテンのドゥンガ氏という、世界有数の8番の第2ボランチがプレーしていたが、ドゥンガ氏以外は攻撃的な選手がつけることも多く、2015年、2016年はストライカーのジェイ選手がこの番号をつけていた。
ガンバ大阪も同様で、井手口選手の前はディフェンダーの岩下敬輔選手。その前はアタッカーの佐々木勇人選手や寺田紳一選手、家長昭博選手と守備的ミッドフィールダー以外の選手がつけることが多い。
井手口選手は下部組織時代は10番をつけており、現在よりも攻撃的なプレーが多い選手であった事もあって、8番という番号になったのだろう。