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オリンピックの華、女子体操競技の名場面

2016 11/10 10:16
体操
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Photo by Luigi Fardella/Shutterstock.com

女子体操競技ではリオオリンピックでも白熱した戦いが展開されましたね。 ダイナミックな動きの中にも女性の美しさが求められる女子体操競技は、オリンピックの華と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。 ここではそんな女子体操競技の名場面を紹介したいと思います。

出産1年後にオリンピック出場、1964年東京・池田敬子

1956年メルボルン団体総合6位、1960年ローマで4位に入賞していた日本女子体操は、1964年東京にはメダルの期待が掛っていました。中でも、ローマオリンピックで個人総合6位入賞の池田敬子にかかる期待は大きかったと想像できます。そんな中、翌年にオリンピックを控えた1963年、池田は次男を出産します。これには協会関係者も青くなったようです。
しかし池田には自信がありました。長男を出産して4か月後に出場した全日本で優勝経験があったからです。
そして迎えた東京オリンピック女子団体、規定で4位と出遅れた日本は自由に望みを託します。ここで池田は勝負に出ました。最初の種目平均台で高難度の片足前方宙返りに挑戦、見事成功して9.7点の高得点を獲得、日本の銅メダル獲得に貢献するのです。

全種目メダル獲得、1968年メキシコシティ・ベラ・チャスラフスカ

1964年東京オリンピックで個人総合金メダルに輝いたチェコスロバキアのベラ・チャスラフスカはその女性らしい優雅な演技でオリンピックの名花と称され、多くのファンを作りました。当然次のメキシコシティでの活躍も期待されましたが、競技環境は最悪でした。ソビエトの軍事介入で身の危険を感じるほどで、練習も満足にできない状態だったのです。そんな中やっと出場できたオリンピックでしたが、彼女はその実力をいかんなく発揮します。団体は銀メダルに終わったものの、個人総合では金メダルを獲得して2連覇を果たし、種目別では、ゆか、段違い平行棒、跳馬で金メダル、平行棒だけが銀メダルという驚くべき成績でした。

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