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男子ゴルフは群雄割拠の戦国時代、毎年変わる賞金王

2017 6/30 12:56hiiragi
藤田 博之
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2016年賞金王は期待され続けた若大将、池田勇太選手

国内男子ゴルフの歴代賞金王は、過去10回に限れば連続して獲得した選手はいない。唯一、韓国出身の金庚泰(キムキョンテ)選手が、2010年と2014年の2回獲得しているが、他はすべて違う顔ぶれだ。石川遼選手と松山英樹選手がPGAツアーに専念したこともあって、よく言えば群雄割拠、悪く言えば軸になる選手がいないということである。
2016年の賞金王は池田勇太選手だった。池田選手は2007年にプロ転向して、2008年の東建ホームメイトカップでプロデビューを果たしている。2008年は10試合に出場し賞金ランキングは52位と、初年度からシード権を獲得した。
ツアー本格参戦となった2009年には、21試合に出場して18試合で予選通過、初優勝はその年の6月に行われた、日本プロゴルフ選手権大会だった。プロ初勝利をメジャーで飾り、2009年はその後も3回の優勝を飾る大躍進を見せる。プロ2年目にして賞金王の可能性もあったが、終盤成績が残せず賞金ランキングは2位に終わった。すぐにでも賞金王になるだろうと思われながら、7年もかかってしまう。
2016年は大学の先輩谷原秀人選手との一騎打ちになった。終盤までリードを許し、残り3試合となったダンロップフェニックストーナメントで首位に立つと、次戦カシオワールドオープンゴルフトーナメントで優勝して、賞金王をほぼ確定させた。

2015年の賞金王はアマチュア時代に鬼と言われた金庚泰選手

韓国出身の金庚泰(キム・キョンテ)選手は、2008年から日本ツアーに参戦、13試合に出場して賞金ランキング49位になり、1年目からシード権を獲得した。それもそのはず、韓国ではジュニア時代から有名で、2005年、2006年の日本アマチュアゴルフ選手権競技に2連勝、あまりの強さから「鬼」の異名までついたほどだ。2007年にはプロに転向して韓国ツアーで活躍、ツアー参戦初年度にはもう賞金王に輝いている。
さすがに、日本ツアーではそこまでは活躍できなかったが、参戦2年目の2009年には19試合に出場して、賞金ランキングは9位と躍進を遂げた。2010年には5月に行われたダイヤモンドカップゴルフで初優勝を挙げるとその後も優勝を重ね、年間3勝で賞金王に輝いた。
その後はPGAツアー参戦を目指し、積極的に海外の試合に出場する。2012年にはPGAツアーのQTにも挑戦したが、失敗に終わった。
2015年は6月のシンハーコーポレーションタイランドオープンの優勝を皮切りに、年間5勝をマーク、早くから賞金レースを独走し2回目の賞金王を手に入れた。特に5勝目となったマイナビABCチャンピオンシップゴルフトーナメントでは、初日から一度も首位の座を渡さず、金庚泰選手の1年間を象徴するような優勝だった。

2014年賞金王は下積みから這い上がった小田孔明選手

小田孔明選手は福岡県出身で1978年生まれ。孔明の名前は中国三国時代の軍師として名高い諸葛亮孔明からつけたようだ。1995年には日本ジュニアゴルフ選手権競技男子15歳~17歳の部で5位タイに入っている。
2000年のプロテストに合格してプロゴルファーとなるが、ツアー参戦は2003年から、シード権獲得は2007年と下積み時代の長い選手だ。しかしシード権を機に、才能が一気に花開く。
2008年のカシオワールドオープンゴルフトーナメントで初優勝を挙げると、2009年には年間2勝を挙げ賞金額は1億円を突破、賞金ランキングも3位につけトッププロの仲間入りを果たした。
2014年は、5月の関西オープンゴルフ選手権競技で優勝すると、10月のブリヂストンオープンゴルフトーナメントで2勝目を挙げ、賞金王争いでも首位に立った。その後も好調なプレーが続き、最終戦を賞金ランキング首位で迎えると、優勝はできなかったが3位タイに入り賞金王に輝いた。
小田選手のスイングは、低いテイクバックから高いトップを作るので、ヘッド軌道が暴れるように見える。画一なスイングが多い今どきのゴルファーには珍しいスイングを持っている。2014年を最後に優勝から遠ざかっているが、あのスイングと優勝争いをもう1度見せて欲しい。

2013年賞金王は日本のエースに成長した松山英樹選手

現在PGAツアーで活躍中の松山英樹選手も日本ツアーの歴代賞金王の一人だ。
松山選手は東北福祉大学在学中の2011年、マスターズで27位タイに入りローアマチュアを獲得、11月に行われた三井住友VISA太平洋マスターズで優勝を果たす。
この優勝で2012年、2013年の出場権を獲得するのだが、それには条件があった。プロにならなければいけないのだ。プロにはプロ宣言をしさえすればすぐになれるが、もうアマチュアには帰れない。この時、松山選手は大学2年生。アマチュアとして、2012年のマスターズ出場も決まっていたし、日本アマチュアのタイトルも取りたかった。それに何よりも大学の団体戦に出られなくなる。結局、すぐにはプロ宣言はせず、2013年4月にプロ宣言を行った。
プロ初戦の東建ホームメイトカップは10位タイに終わるも、2戦目のつるやオープンゴルフトーナメントで、プロ初優勝を飾った。そして、ダイヤモンドカップゴルフ、フジサンケイクラシック、カシオワールドオープンゴルフトーナメントと次々と優勝を飾り、プロ初年度での賞金王となった。
出場16試合で賞金額は2億円を突破、しばらくは松山選手の賞金王が続くと思われたが、2014年からはPGAツアーに本格参戦、日本ツアーには年間数試合に出場するだけになってしまった。

2012年賞金王は熟年の星藤田寛之選手

藤田選手は1969年生まれで福岡県出身だ。2012年当時の年齢は43歳、初賞金王獲得は歴代賞金王史上最年長になる。
ゴルフを始めたのは高校1年の時だから、それほど早くはない。それでも指導者に恵まれたのか、高校3年の1987年日本ジュニアゴルフ選手権競技高校男子では4位タイに入っている。プロ転向は1992年だが、しばらくは成績が残せなかった。
初優勝は1997年9月のサントリーオープンゴルフトーナメントで挙げる。当時の絶対王者ジャンボ尾崎選手の猛追を振り切っての初優勝だった。この年は賞金ランキングでも18位に入りシード権を獲得した。以降シード選手の常連になるものの、優勝は年に一度するかしないかの時代が続き、それほど注目はされなかった。
しかし2009年になると年間2勝、2010年にも年間2勝と公式戦日本シリーズJTカップを勝って俄然注目を浴びる。そして迎えた2012年は9月に行われたANAオープンゴルフトーナメントでシーズン3勝目を挙げ、賞金ランキングでも首位に再浮上した。そして最終戦を優勝で飾り年間4勝を挙げ初めての賞金王に輝いた。
その最終戦の優勝スピーチで、43歳の自分が賞金王になるようではダメだと、若手の奮起を期待するメッセージを残した。賞金ランキング2位は藤田選手よりも一つ年上の谷口徹選手だったのだから、その言葉も当然かもしれない。

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