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遅咲き選手会長・宮里優作選手のゴルフ人生

2017 6/30 12:56hiiragi
宮里 優作
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向かうところ敵なしの学生時代、プロのトーナメントでも活躍

宮里優作選手は沖縄県出身のプロゴルファー。ゴルフインストラクターをする父親に3歳のころよりゴルフを教えられ、数々のジュニア大会で活躍した。 1994年には日本ゴルフ協会主催の日本ジュニアゴルフ選手権競技中学男子の部で優勝、1998年には男子15歳~17歳の部でも優勝を果たしている。大学生になると、向かうところ敵なしで、2000年~2002年にかけて日本学生ゴルフ選手権競技3連覇、2001年には日本アマチュアゴルフ選手権競技のタイトルも獲得した。
アマチュア競技でタイトルを獲得する傍ら、プロのトーナメントにも出場、優勝とまではいかないものの、何度か優勝争いを演じ、注目を集めた。特に住友VISA太平洋マスターズとは相性がいいのか、2000年の大会では最終日を最終組で回って8位タイ。2001年の大会では、3日目6位タイから最終日は追い上げを見せ、首位と2打差の2位タイに入る大健闘を見せた。
この年は日本オープンゴルフ選手権競技で7位タイ、ブリヂストンオープンゴルフトーナメントで4位タイに入るなど、プロとも互角に戦える力があるところを見せた。そして2002年シーズン終了後プロ転向を表明、2003年からはプロとしてツアーに参戦することになった。

プロデビュー初年にシード権を獲得

2003年プロデビュー戦はPGAツアーのソニーオープンinハワイだった。この大会は毎年多くの日本人が参加する。2003年も10名が参戦して、PGAツアーに挑戦した。宮里選手は初日26位とまずまずのスタートを切るも、2日目は52位タイまで後退、辛うじて決勝には進出できた。しかし、3日目は69位とさらに順位を落とし、最終的には72位とプロの洗礼を受けた形でプロデビュー戦を終えることになった。
国内ツアーデビュー戦は4月に行われた東建ホームメイトカップだった。初日42位タイから2日目17位まで順位を上げ決勝に進出、上位入賞が期待された。しかし、3日目で21位まで後退すると、最終日はスコアを伸ばせず14位タイでホールアウト、上位進出はできなかった。その後2試合連続予選落ちが続いたが、6月のJCBクラシック仙台ではプロ転向後初めての優勝争いを演じる。
宮城県開催のトーナメントとあって、東北福祉大出身の宮里選手に期待が集まった。初日、2日目と9位タイで決勝に進み、3日目で2位タイにまで順位を上げる。首位は5打差のベテラン友利勝良選手。最終日は1打差まで詰める場面もあったが、ベテランの技術で逃げ切られて2打差の単独2位で大会を終えた。結局2003年は国内ツアー12試合に出場、賞金ランキング54位でシード権を獲得した。

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