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ゴルフ界のレジェンド、アーノルド・パーマー氏の功績とは

2017 3/3 18:51kinsky
アーノルドパーマー,功績
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Photo by Debby Wong/Shutterstock.com

ゴルフ史に数々の金字塔を打ち立てた偉大なゴルファー、アーノルド・パーマー氏が先頃87歳の生涯に幕を閉じた。スーパースターとして一時代を築き、ゴルフを人気スポーツに発展させたパーマー氏の足跡を振り返る。

パーマー氏はプロ入り5年目で念願のメジャータイトルを獲得

アーノルド・パーマー氏は父親がゴルフコースのグリーンキーパーだったこともあり、幼少の頃からゴルフに親しみ、1954年、25歳の時に全米アマゴルフのタイトルを獲得して直ぐにプロ入りした。
翌年から本格的にツアーに参加してプロ入り5年目の1958年にメジャー大会のマスターズで優勝を飾り、一気に人気プロゴルファーとしての地位を確立した。その2年後の1960年には全米オープンに優勝し、翌年の1961年には全英オープンのタイトルを獲得して3大メジャーを制覇した。

マスターズには何と50年連続で出場という不世出の記録!

アーノルド・パーマー氏は1970年代頃まで第一線のプロとして大活躍を続け、米男子ツアーで62勝という歴代5位の輝かしい記録を達成している。そして、メジャー大会ではマスターズ4勝、全英オープン2勝、全米オープン1勝を挙げている。
マスターズには何と2004年まで連続50年出場を続け、おそらく今後も破られることが無いと言われる最多連続出場の記録を作っている。パーマー氏は賞金総額100万ドルを初めて達成したゴルファーで、1974年には世界ゴルフ殿堂入りを果たしている。

攻めのゴルフでテレビを通じて幅広い人気を獲得

アメリカでは1960年代頃からテレビのゴルフ中継が盛んになり、ゴルフ人気が上昇した。アーノルド・パーマー氏のプレースタイルは力強いスイングで果敢にピンを狙うというもので、テレビを通じて熱心なファンを幅広く獲得し、ゴルフを大衆的な競技スポーツとして根付かせた功労者になった。
性格的にも明るく、ファンサービスを大切にする姿勢から、「パーマー選手はゴルフを変えた」と讃えられる存在になったのだ。引退後にはゴルフ界を発展させた功績から大統領自由勲章、議会からは名誉黄金勲章が授与された。

全米プロは2位が3度。遂に優勝に届かすグランドスラマーにはなれず

アーノルド・パーマー氏は、当時同じアメリカ人のジャック・ニクラウス氏、南アフリカ出身のゲーリー・プレーヤー氏とともにゴルフ界の「ビッグ3」と呼ばれており、数々の戦いのドラマを作っている。
しかし、パーマー氏は4大メジャーのひとつである全米プロゴルフ選手権には37度もの最多出場記録を持ちながら、優勝を飾ることが出来なかった。何度も優勝争いを演じたが、2位タイが3回という惜しい結果を残し、メジャー大会全てを制覇するグランドスラマーの称号を得ることが出来なかった。

パーマー氏は事業家としてコース設計、ウエアブランドの分野でも成功

アーノルド・パーマー氏は、現役プレーヤー時代から事業家としても成功を収めている。世界中で200を越えるゴルフ場を設計し、日本ではカラフルな傘マークが入ったポロシャツなどの衣料品で「アーノルド・パーマー」ブランドが発売され、多くのゴルファーが愛用していた。また、1966年には24時間ゴルフを放送する「ザ・ゴルフチャンネル」を開局し会長を務めた。
死去に伴い、ライバルであったジャック・ニクラウス氏や現在のトッププロであるローリー・マキロイ選手などから死を惜しむ追悼の言葉が寄せられた。

まとめ

ゴルフ界のレジェンドとして数々の偉業を達成し、テレビを通じてゴルフ人気の裾野を広げたアーノルド・パーマー氏。引退後もコース設計者として活躍し、本人の名を冠した衣料品ブランドでも名を残している同氏の功績を紹介した。

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