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日本ではまだマイナースポーツのクリケット、発祥の経緯や歴史を紹介

2017 1/18 10:02
クリケット
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Photo by ostill / Shutterstock, Inc.

クリケットは日本での知名度はあまり高くないが、海外では競技人口も多く、非常に人気のあるスポーツとして盛んに行われている。プロリーグもあり、何億という年俸を稼ぐ選手もたくさんいる。そんなクリケットの歴史を紹介する。

クリケットの発祥の地

クリケットは16世紀にイギリス、イングランドの南部でエドワード1世の息子であるエドワードによって競技されたのが初めとされる文献が存在する。

18世紀末には、イングランドにおいて国民的なスポーツに発展し、大英帝国の拡大により、海外でもプレーされるようになったとされる。

イギリスを発祥とするスポーツであるため、インド、オーストラリア、バングラデシュといった英連邦諸国においてはサッカーに続く世界3位の競技人口となるまでに人気を誇るスポーツとなっている。

クリケットの語源はオランダ

クリケットの語源はいくつかあるとされるが、中期のオランダ語でKrickstoelと呼ばれていた、教会で使われる背の低い膝付きの台が、初期のクリケットで使用されていたとされる2つのスタンプからなるウィケットに似ていることに由来すると言われている。

もう一つは、ボン大学のヨーロッパ言語の専門家Gillmeister氏によると、名称だけでなくスポーツ自体がフランドル地方が起源であると考えてられていることから、中期オランダ語でホッケーを意味するとされるフレーズ「met de sen」に由来するスポーツではないかとする説もある。

クリケットの試合の始まり

1597年に検視官であったジョン・デリック氏が、学生だった50年前に共有地にて仲間とクリケットやその他の遊びを行ったと証言していることから、1550年頃からギルフォードの共有地にてプレーしていたとされる。

1610年頃からは、教区間において対抗戦が行われていた。プロ選手が誕生したのは1660年で、1697年にはサセックスにて大金を掛けて争われたとされる記録が当時の新聞に載っている。

1707年にはロンドンでもクリケットが盛んになり、多くの観衆を集めたとされる。

クリケットの普及していった国

1839年にサセックスというカウンティー別対抗戦が開始、その後、1890年にカウンティー・チャンピオンシップが始まったことがきっかけとなり、クリケットが海外で普及した。

19世紀の半ばにはインド、カリブ、北米、南米ニュージーランド、オーストラリアで定着し、1844年にはアメリカ、カナダ間で初めての国際試合が行われるまでになった。

1862年にはイングランドがオーストラリア遠征を行い、史上初のテストマッチを行ったのをきっかけに現在でも続いているジ・アッシズが始まったとされている。

テスト・クリケットは最高峰の試合とされており、およそ5日間かけて戦う試合だ。

クリケットの黄金時代

1888年から1889年にかけて南アフリカがイングランドと対戦。これを期にテストクリケットが拡大していったとされる。

その後、第一次世界大戦前の20年間がクリケットの黄金時代と呼ばれており、偉大な選手や記録に残る試合が生まれていた時代だった。この時、クリケット史上、最も偉大なバッツマンとして活躍していたのがオーストラリアのドン・ブラッドマンだった。

テストクリケットでは通算打率が99.94もあり、現在でもその記録を保持しているほど最高のバッツマンと呼ばれるにふさわしい選手だった。

イギリスが発祥の地で、世界へと普及していったクリケットは、現在も世界各地でバスケやサッカーに次ぐ人気のスポーツだ。日本では馴染みの薄いニッチなスポーツだが、これからスター選手が誕生するかもしれない。