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那須川天心がKOできなかった理由、データ分析から判明したアシロの「天心対策」

2024 10/17 06:00SPAIA編集部
那須川天心とジェルウィン・アシロのインフォグラフィック,ⒸSPAIA
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判定勝ちでWBOアジアパシフィックバンタム級王座獲得

プロボクシングのWBOアジアパシフィックバンタム級王座決定10回戦が14日、東京・有明アリーナで行われ、同級1位・那須川天心(26=帝拳)が同級2位ジェルウィン・アシロ(23=フィリピン)に判定勝ちし、初のタイトルを奪取した。

試合は序盤からスピードで勝る天心が優位に進めたが、打てば必ず打ち返してくるアシロを詰め切れない。9回にスリップ気味のダウンを奪ったものの倒し切ることはできず、ジャッジ2人が98-91、1人が97-92の3-0判定をものにした。

これでキックボクシングからボクシング転向後5連勝(2KO)。すでにWBA3位、WBC3位、WBO11位にランクされており、JBC(日本ボクシングコミッション)が世界挑戦の条件として定める王座のうちのひとつを獲得したことで、早ければ来年中の世界挑戦が実現する可能性も出てきた。

普通の世界ランカーなら、5戦目でスピードとテクニックを十分に見せつけて王座奪取したのだから評価されるだろう。ただ、天心の場合、どうしても「神童」と呼ばれたキックボクシング時代のイメージがつきまとい、見る側のハードルが上がる。

今回も倒し切れなかったことへの物足りなさなど、やや批判的に見る向きも少なくない。昔から天心を応援していた個人的なファンではなく、長くボクシングを見てきた筋金入りのファンは特にその傾向が強い。実力以上に「人気先行」するスター候補は、いつの時代も注目される一方で批判にさらされるのだ。

評価の難しい今回の一戦。SPAIAでは独自にデータを集計し、過去の試合とも照らし合わせながら分析した。有効打の見極めは難しいが、ナックルパートを的確に当てたクリーンヒットのみを有効打としてカウントしている。

那須川天心とジェルウィン・アシロのインフォグラフィック

1ラウンド平均の有効打は過去最少

天心がアシロ戦で放ったパンチ総数は425発。1ラウンド平均42.5発で、過去の試合と比べると、デビュー戦の与那覇勇気戦(6回判定勝ち)は1ラウンド平均50発、2戦目のルイス・グスマン戦(8回判定勝ち)は55.1発、3戦目のルイス・ロブレス戦(3回終了TKO勝ち)は54.3発だったから、今回はいつもより手数が少なかったことが分かる(3回1分49秒TKO勝ちだった4戦目のジョナサン・ロドリゲス戦は36.3発)。

手数は多ければ良いわけではないし、相手によっても変わるので一概には比較できない。重要なのはポイントに直接つながる有効打だ。

アシロ戦は有効打の総数が134発で1ラウンド平均13.4発。同じように過去の試合と比較すると、デビュー戦は21.2発、2戦目は18.5発、3戦目は16発、4戦目は15発で今回が最少だった。ワンパンチでKO勝ちする可能性もあるとはいえ、今回は手数が少ない分、有効打も少なく、相手にダメージを蓄積させられなかったことがKO勝ちを逃した一因と言えるだろう。

パンチの種類別に見ると、今回はジャブが55.3%、ストレートが23.3%で、ジャブが43.1%、ストレートが32.1%だった前回に比べてジャブの割合が高い。

ただ、前回は5戦の中ではベストバウトと言えるKO勝利で攻勢の場面が多かったため、左ストレートがよく出ていたことが要因。今回は攻め込む場面が少なかったため左ストレートが少なかっただけで、右ジャブは特に多かったわけではない。

右ジャブの1ラウンド平均は23.5発で、デビュー戦は20.3発、2戦目は26.3発、3戦目は33.3発、4戦目は15.7発だから天心にしては平均的と言える。

Amazonプライムビデオで解説を務めた元世界ミドル級王者・村田諒太氏が「待たずに自分から仕掛けたい」とたびたび指摘していたが、積極的に攻め込むのではなく、受け身とも取れる戦法が今回はマイナスに作用した。

天心は元々、手数が多い方ではなく、相手と距離を取りながらカウンターを当て、じわじわと追い込んで仕留めるタイプ。帝拳ジムで指導する元2階級王者・粟生隆寛トレーナーの現役時代に似ている。

これまでは前回のような会心のKO勝利や、ダウンを奪って一方的な判定勝利を重ねてきた。相手のレベルが上がったとはいえ、今回はいつも以上に手数が少なくアシロを10ラウンドもたせてしまった原因はどこにあるのだろうか。

右ストレートから入ってきたアシロ

その答えを解くカギはアシロが放ったパンチの左右比率にある。多くのボクサーは相手と近い腕、つまり右構えなら左ジャブを中心に組み立てるのがセオリーだ。

しかし、サウスポーの天心は相手の左ジャブに右フックのカウンターを合わせるのがうまい。アシロはそれを見越して左ジャブをほとんど打たず、いきなり右ストレートから入るシーンが目立った。

今回、アシロが放った左ジャブはわずか34発。天心が右ジャブを235発出したことと比べると、いかに少ないか分かるだろう。

総パンチ数に占める割合は右が63%、左が37%。天心は右が65%、左が35%だったが、構えは左右逆にもかかわらず、左右パンチのパーセンテージがほとんど同じであることは、アシロが入念に「天心対策」を練ってきたことの証明だ。

実際、天心は試合後のインタビューで「KOしたかったけど、相手も対策してきた。もっと圧倒的に強くなって戻ってきたい」と反省の弁を述べている。アシロの元々のスタイルもあるとはいえ、天心に最大限のリスペクトを払い、十分に研究してきた成果が出ていた。

それに加えて、打てば必ず打ち返されるため、天心も簡単に攻め込めなかった。左ストレートを伸ばしたものの踏み込みが浅く届かないシーンが多かったのは、天心もやりにくさを感じ、警戒していたからだろう。アシロを倒し切るだけの力量と引き出しが、今の天心にはなかった。

左まぶたカットは“良い経験”

今回、ボクシングで初めてのベルトを巻いたものの、世界挑戦に向けて課題の方が目立った。まだ、あまり試されていないが、自分より大きくスピードがあるボクサーや、接近戦が得意な馬力のあるファイターなど世界にはあらゆるタイプの猛者がいる。

そういう意味で10回にバッティングで左まぶたをカットしたことは、良い経験として捉えるべきだ。インタビューでは「俺の大事な顔を傷つけやがって。顔で売ってんのに大丈夫ですか」と冗談を飛ばしたが、今後はさらにラフな戦いを強いられることもある。

天心のセンスと練習熱心な姿勢を考えると、世界のベルトを巻く日はいずれ訪れる。ただ、現状では、同じ日のリングで圧巻のKO勝ちを披露したWBC王者・中谷潤人(M.T)には勝てない。K-1からボクシングに転向し、天心より先にWBO王者となった武居由樹(大橋)とはいい勝負になるだろうが、激戦を勝ち抜いてきた武居に一日の長がある。

重要なのは成長性だ。世界を獲るまでに経験を積むことはもちろんだが、世界王者になってから強くなった選手も数多い。元3階級王者の長谷川穂積や現WBCフライ級王者・寺地拳四朗(BMB)のように、世界のベルトを巻いてからKO勝ちが急増した好例もある。

ボクサーとしてのポテンシャルは誰もが認める天心。アシロ戦を成長の糧とできるかどうかは本人次第だ。いずれは井上尚弥や中谷潤人らとともに、日本ボクシング界を引っ張っていくスターとなることが期待される。

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