華麗な復活を遂げた岩瀬仁紀選手が受賞
2017年シーズン、岩瀬仁紀選手(中日)がカムバック賞を受賞した。セ・リーグでは2015年に館山昌平選手(ヤクルト)が受賞して以来2年ぶりのことだ。
一方、パ・リーグでは2001年に盛田幸妃選手(近鉄)が受賞して以降、2017年まで16年連続で該当者不在となっている。
その岩瀬選手は2015年シーズンにプロ入り以来、初めて一軍登板0に終わった。翌2016年は一軍登板するも本来の調子とはいかず、15試合で0勝2敗2ホールド、防御率6.10の成績に終わってしまう。
復活はむずかしいかと思われていたが、2017年シーズンは中継ぎとして2013年以来4年ぶりとなる50試合登板を達成。3勝6敗2セーブ、26ホールドをマークした。
また、シーズン中にはそれまでのプロ野球最多登板記録であった米田哲也氏の949試合を更新。最終的には954試合まで登板数を伸ばしている。この復活があり、カムバック賞受賞となった。
しかし、これで終わるつもりはないだろう。前人未踏の1000試合登板を目指し、戦力として2018年もチームを引っ張っていく。
日本における過去の受賞者
2017年は岩瀬選手が受賞したカムバック賞。過去にはどのような選手が受賞しているのだろうか。
直近の受賞者は2015年の館山選手だ。館山選手は度重なるヒジの故障、手術を乗り越え2015年に一軍復帰。11試合に登板し6勝3敗、防御率2.89の成績で14年ぶりとなるリーグ優勝に貢献している。
打者では2008年の平野恵一選手(阪神)が直近の受賞者だ。平野選手は阪神に移籍前のオリックス時代である2006年に試合中のケガで重症を負い離脱。2007年もその影響があり、不振にあえいでいた。
トレードで心機一転、阪神に移籍した2008年は自身3年ぶりとなる100試合以上の出場を果たし、打率.263(365打数96安打)をマークしリーグ優勝に貢献した。ケガからの復帰が讃えられ、同賞の受賞になったといえるだろう。
2000年以降で見ると小久保裕紀選手(巨人/2004年)、前田智徳選手(広島/2002年)らの名球会入り達成者も受賞している。一流選手でも故障からの厳しいリハビリに耐え復活を果たしているのだ。
また、ケガではなく病気からの復活でカムバック賞に輝いた選手もいる。盛田選手がそうだ。
1998年に横浜から近鉄に移籍したが、シーズン途中に脳腫瘍が発覚。そこから手術、リハビリが始まった。
1999年(1試合)、2000年(3試合)と一軍登板を果たした盛田選手は2001年、34試合に登板し2勝0敗、防御率7.06の成績を残しカムバック賞を受賞した。脳腫瘍からの復活はプロ野球ファンに大きな感動を与えたと言えるだろう。
メジャーリーグでは?
アメリカのメジャーリーグでもカムバック賞は2005年から制定されている。2017年シーズンはグレッグ・ホランド選手(ロッキーズ)、マイク・ムスタカス選手(ロイヤルズ)が受賞した。
今シーズンはケガがから復帰した両選手が受賞したものの、日本とは違い、故障・病気からの復帰だけではなく、不振、スランプなどからの復活で受賞するケースも多い。近年では2016年に47本塁打を放ちアメリカンリーグの本塁打王に輝いたマーク・トランボ選手(オリオールズ)がそうだ。
2012年(32本)、2013年(34本)と2年連続で30本塁打以上を放っていたが2014年(14本)、2015年(22本)と数字を落としていた。しかし、オリオールズに移籍した2016年は主軸として活躍。見事、本塁打王を獲得するまでに復活し同賞受賞に輝いた。
日本に馴染みのある選手も受賞している。2014年にはケーシー・マギー選手(当時・マーリンズ)が楽天からの復帰1年目に打率.287(616打数177安打)をマーク。球団として初めてのカムバック賞となっている。
また、阪神で活躍したセシル・フィルダー選手を父に持つプリンス・フィルダー選手(レンジャーズ)も2015年に受賞。デトロイト・タイガースとの大型トレードで2014年からテキサス・レンジャーズ入りしたフィルダー選手は故障もあり、42試合打率.247(150打数37安打)の成績に終わってしまう。
しかし、翌2015年には158試合に出場し打率.305(613打数187安打)、23本塁打をマーク。見事復活を果たしている。
2018年の候補者はだれだ!?
近年、故障などで不振に陥っている選手が復活を果たすことで同賞の受賞に一歩近づくことになる。日本では2年間一軍登板のない杉内俊哉選手(巨人)、胃がん摘出手術を受けた赤松真人選手(広島)らが候補となるだろう。
メジャーリーグでは岩隈久志選手(マリナーズ)も受賞候補者のひとりだ。2017年シーズンは肩の故障で渡米以来初の未勝利に終わったがリハビリは順調。復活を果たせばカムバック賞受賞の可能性は大いにあるだろう。
2017年終了時点で、日米通算170勝と名球会入りの条件でもある200勝まであと30勝。大きな節目達成に向けて快投が期待される。
同賞を受賞できなかったとしても故障、病気から復活することが本人、ファン、チームにとって喜ばしいことであることは間違いない。
何らかの事情で戦列を離れることがあっても、あきらめずに一軍復帰、そして、活躍を目指して頑張って欲しい。