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鮮烈な日本デビューを飾った中日・ビシエド選手

2017 8/25 10:07cut
basseball、シカゴ・ホワイトソックス
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メジャーデビュー1年目から結果を残す

ダヤン・ビシエド選手は2008年にキューバから亡命。同年オフシーズンにシカゴ・ホワイトソックスと4年1000万ドルで契約を果たす。ホワイトソックスは過去に井口資仁選手(現ロッテ)、高津臣吾選手(現ヤクルト二軍監督)らが所属しており日本でも馴染みのあるチームだ。

またキューバ出身のビシエド選手にとって、同郷の「キューバンミサイル」ことアレクセイ・ラミレス選手が在籍したことも心強かった。ラミレス選手は、ビシエド選手が亡命した2008年シーズンからホワイトソックスでプレーしており、1年目から136試合に出場。打率.290(480打数139安打)、21本塁打、77打点の成績を残し新人王投票でも2位に入るなど結果を残していた。

先輩でもあるラミレス選手と同じチームに入ったビシエド選手は、2009年にマイナーリーグ(AA)で130試合に出場し打率.280(504打数141安打)、12本塁打、78打点の成績を残し、期待を持たせてくれた。翌2010年はAAAに昇格し、6月にメジャー昇格を果たすと38試合に出場し打率.308(104打数32安打)、5本塁打、13打点と一定の成績を残している。また、マイナーでは86試合で打率.274(343打数94安打)、20本塁打、47打点をマークしている。

ビシエド選手はメジャー1年目から試合数は少ないものの、結果を残すことに成功している。

メジャー3年目にレギュラー定着するも下位打線

2010年にメジャーデビューを果たしたビシエド選手は、3年目となる2012年にレギュラーへと定着する。中日では一塁を守ることが多いビシエド選手だが、この当時は左翼を守っていた。この年にビシエド選手は147試合に出場。打率.255(505打数129安打)、25本塁打、78打点と結果を残している。

日本では主砲扱いとなるが、ホワイトソックスではこの年25本塁打以上を放った選手がビシエド選手含めて5名(アダム・ダン選手、AJ・ピアジンスキー選手、ポール・コネルコ選手、アレックス・リオス選手)おり、打順は7番、8番を任されることが多かった。

レギュラーに定着したビシエド選手は、2014年までホワイトソックスに在籍。2014年にも21本塁打を放つなど実績を残したが、結局オフシーズンに放出されてしまう。その後トロントブルージェイズとマイナー契約。シーズン中にオークランド・アスレチックス、再びホワイトソックスとマイナー契約するが、再びメジャーでのプレーは叶わなかった。

そのオフにフリーエージェントとなり中日ドラゴンズと契約することになる。

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