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MLB最速10,000勝、サンフランシスコ・ジャイアンツの永久欠番

2017 7/10 10:25hiiragi
MLB,サンフランシスコ・ジャイアンツ
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Photo by Joseph Sohm / Shutterstock.com

MLBナショナルリーグの名門サンフランシスコ・ジャイアンツをご存知の方は多いかもしれない。リーグ優勝23回はナショナルリーグ最多を誇り、メジャー最速で10,000勝も達成した。ここでは、そんなサンフランシスコ・ジャイアンツのプロフィールと、主だった永久欠番選手を紹介しよう。

日本人メジャー1号も在籍

サンフランシスコ・ジャイアンツはナショナルリーグ西地区に所属するチームだ。設立は1882年と古く、地区優勝8回、リーグ優勝23回を数え、ワールドシリーズ制覇が8回もある、メジャーリーグきっての名門チームだ。2005年にはメジャー球団最速で10,000勝に到達した。
過去には日本人選手も多く、メジャー1号となった村上雅則投手、ワールドシリーズ出場1号となった新庄剛志選手、青木宣親選手なども在籍した。
2016年は西地区2位ながらワイルドカードでプレーオフに進み、ディビジョンシリーズで姿を消した。

「背番号NY」永久欠番NYって?クリスティ・マシューソン投手

クリスティ・マシューソン投手は、1900年から1916年の途中までを、当時のニューヨーク・ジャイアンツで過ごしている。入団2年目の1901年には20勝、1903年には30勝を挙げた。以降は12年連続20勝以上を挙げ、30勝以上も4度達成した。
特に1908年の成績は素晴らしく、56試合に登板して先発44回で完投が34度、完封が11度もあった。勝利数37、投球回数390.2、三振259個、防御率1.43とすべてリーグ1位の成績だった。
1936年野球殿堂入りした最初の5名に名を連ね、サンフランシスコ・ジャイアンツからは、永久欠番として顕彰された。しかし当時はまだ背番号がない時代で、当時のニューヨーク・ジャイアンツからNYの2文字をとり欠番としたのだ。

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