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「二十四の瞳」に「KKコンビ」キャッチフレーズから甲子園を振り返る


「二十四の瞳」から40年後に2度目の甲子園出場

甲子園出場校や選手達には、様々な二つ名やキャッチフレーズがつけられる。多くはスポーツ新聞の見出しやニュースのテロップなどから用いられ、大会中に広まり後世に語り継がれていく。ここで、甲子園における代表的なキャッチフレーズを紹介したい。
2017年春のセンバツで21世紀枠として40年ぶり2度目の出場を果たした中村高(高知県)。40年前の初出場時は12人の部員しかおらず「二十四の瞳」と称されていた。少人数ながらもチームはエース山沖之彦選手(元オリックス)の活躍もあり、優勝候補の天理高(奈良県)を準々決勝で撃破。その勢いで決勝まで進向かい進撃を見せた。
決勝では箕島高(和歌山県)に敗れ準優勝となったが中村高、山沖選手の活躍は多くの野球ファンの胸に響いていた。以降、夏の選手権を含めても、甲子園への出場は無く2017年春のセンバツがまさにこの大会以来だった。スタンドから山沖選手も声援を送ったが1回戦で敗退。「二十四の瞳」以来、2度目の快進撃を見せることはできなかった。

「さわやかイレブン」、「やまびこ打線」で甲子園を圧巻

徳島県の強豪校である池田高校が初めて甲子園に姿を現したのは、1971年夏の選手権だった。後に名監督として名を残すことになる、蔦文也監督が就任してから19年後のことだ。
初めての甲子園は初戦こそ突破したものの、2回戦で県立岐阜商業高(岐阜県)に1-8と大敗し2回戦で姿を消している。再び甲子園の舞台に戻ってきたのは1974年春のセンバツで、この大会では部員が11人しかおらず「さわやかイレブン」と称され快進撃を見せる。
初戦の函館有斗高(北海道)を4-2で下すと防府商高(山口県)、倉敷工高(岡山県)、和歌山工高(和歌山県)を全て2点差以内で撃破。11人の野球部が決勝まで進出を果たしたのだ。 決勝では報徳学園高(兵庫県)に1-3で敗れたものの、春のセンバツ初出場で準優勝。全国にその名をとどろかせた。
その後、蔦監督率いる池田高校は金属バットの特性を生かすために、筋トレを先駆けて実践。攻撃力に磨きをかけ、全員がフルスイングを行う強力打線を作り上げる。1982年夏の選手権、1983年春のセンバツと夏春連覇を達成した。そのときの異名が「やまびこ打線」だった。やまびこのように途切れること無く打線が繋がることからこの名前が付いたものだ。
「やまびこ打線」は甲子園を震撼させ、1983年夏の選手権大会で夏春夏の3連覇を目指す。しかし、準決勝でPL学園高校に敗退。そのPL学園の中心選手が「KKコンビ」と呼ばれる桑田真澄選手(元巨人)、清原和博選手(元オリックス)だった。 「やまびこ打線」は「KKコンビ」によって打ち破られたのだった。

甲子園史上最強の二人「KKコンビ」

1983年夏の選手権において、史上初となる夏春夏の3連覇まであと2勝に迫っていた池田高。「阿波の金太郎」こと水野雄仁選手(元巨人)を軸に「やまびこ打線」で勝ち進んだが準決勝で敗退することになる。その、池田高を打ち破ったのが、甲子園の歴史に大きくその名を残す「KKコンビ」だった。
1年生だった清原選手、桑田選手を中心としたPL学園高は池田高相手に7-0と圧勝。桑田選手が完封勝利を挙げ、水野選手から本塁打も放っている。続く決勝でも横浜商高(神奈川県)を3-0で下し甲子園制覇を達成。この大会から「KKコンビ」の快進撃が始まった。
2年時(1984年)は春のセンバツ、夏の選手権で準優勝。3年(1985年)春のセンバツではベスト4と常に甲子園の中心に居続けた二人。その集大成が3年夏の選手権だった。最後の夏となった「KKコンビ」は初戦で甲子園における1試合最多得点をマーク。29-7で東海大山形高(山形県)を撃破すると清原選手の3試合連続本塁打などで決勝へ進出。2年時に2度涙をのんだ甲子園の決勝で宇部商高(山口県)を下し優勝を飾っている。
桑田選手は戦後最多となる甲子園通算20勝、清原選手は史上最多となる甲子園通算13本塁打を放ちその名を甲子園の歴史に刻んでいる。

佐賀北の奇跡「がばい旋風」

2007年夏の選手権において旋風が巻き起こった。佐賀県立佐賀北高が延長引き分け再試合、優勝候補の帝京高を撃破。公立高校ながら決勝まで勝ち進んだのだ。この進撃は「がばい旋風」と呼ばれ、公立高校の進撃を高校野球ファンは見守っていた。
決勝戦の相手は優勝候補である広島県の強豪・広陵高。エースは現在広島東洋カープのエースとして活躍する野村祐輔選手。捕手には第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表の正捕手を務めた小林誠司選手(巨人)。また、上本崇司選手(広島)、土生翔平選手(広島)など4人のプロ野球選手を輩出することになる優勝候補だった。 8回裏まで0-4と敗色濃厚だった佐賀北高は、この回1点を返し尚も満塁のチャンスで副島浩史選手が値千金の逆転満塁本塁打を放ち5-4。最終回を抑えきり見事優勝を成し遂げた。
当時のエースでもあった久保貴大選手は現在、母校の教師として赴任しており野球部の副部長となった。選手として優勝を果たした久保選手は指導者としても「がばい旋風」を巻き起こすつもりだ。

富山県勢の快進撃「新湊旋風」

その他にも甲子園では数々のキャッチフレーズが付いている。初出場校や前評判の高くなかった高校が勝ち進むにつれて、徐々に浸透する。
1986年春のセンバツに初出場を果たした新湊高(富山県)。春のセンバツにおける富山県勢は2回戦を突破したことが無く、新湊高もその例に漏れず下馬評は高くなかった。しかし、初戦で近藤真一選手(現中日コーチ)擁する享栄高(愛知県)を1-0で下すと、優勝候補でもあった拓大紅陵高(千葉県)を破り県勢初の2回戦を突破。この翌日から「新湊旋風」と呼ばれるよいうになった。
準々決勝では延長14回の激戦の末に京都西高(京都府)を撃破し準決勝へと駒を進める。準決勝では惜しくも宇都宮南高(栃木県)に敗れたものの堂々のベスト4。 甲子園において富山県勢による初の快進撃となった「新湊旋風」。現在、旋風が巻き起こってから30年が経過しているが新湊高の成績を超える高校は現れていない。
今後も甲子園において快進撃が起こることで、つけられるであろうキャッチフレーズ。甲子園出場校が決まったら下馬評の低い高校が、勝ち進んだときのキャッチフレーズを考えておくのも楽しみ方の一つだ。 甲子園では勝敗以外にも注目をしていきたい。

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