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「二十四の瞳」に「KKコンビ」キャッチフレーズから甲子園を振り返る

2017 8/3 12:07cut
高校野球
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「二十四の瞳」から40年後に2度目の甲子園出場

甲子園出場校や選手達には、様々な二つ名やキャッチフレーズがつけられる。多くはスポーツ新聞の見出しやニュースのテロップなどから用いられ、大会中に広まり後世に語り継がれていく。ここで、甲子園における代表的なキャッチフレーズを紹介したい。
2017年春のセンバツで21世紀枠として40年ぶり2度目の出場を果たした中村高(高知県)。40年前の初出場時は12人の部員しかおらず「二十四の瞳」と称されていた。少人数ながらもチームはエース山沖之彦選手(元オリックス)の活躍もあり、優勝候補の天理高(奈良県)を準々決勝で撃破。その勢いで決勝まで進向かい進撃を見せた。
決勝では箕島高(和歌山県)に敗れ準優勝となったが中村高、山沖選手の活躍は多くの野球ファンの胸に響いていた。以降、夏の選手権を含めても、甲子園への出場は無く2017年春のセンバツがまさにこの大会以来だった。スタンドから山沖選手も声援を送ったが1回戦で敗退。「二十四の瞳」以来、2度目の快進撃を見せることはできなかった。

「さわやかイレブン」、「やまびこ打線」で甲子園を圧巻

徳島県の強豪校である池田高校が初めて甲子園に姿を現したのは、1971年夏の選手権だった。後に名監督として名を残すことになる、蔦文也監督が就任してから19年後のことだ。
初めての甲子園は初戦こそ突破したものの、2回戦で県立岐阜商業高(岐阜県)に1-8と大敗し2回戦で姿を消している。再び甲子園の舞台に戻ってきたのは1974年春のセンバツで、この大会では部員が11人しかおらず「さわやかイレブン」と称され快進撃を見せる。
初戦の函館有斗高(北海道)を4-2で下すと防府商高(山口県)、倉敷工高(岡山県)、和歌山工高(和歌山県)を全て2点差以内で撃破。11人の野球部が決勝まで進出を果たしたのだ。 決勝では報徳学園高(兵庫県)に1-3で敗れたものの、春のセンバツ初出場で準優勝。全国にその名をとどろかせた。
その後、蔦監督率いる池田高校は金属バットの特性を生かすために、筋トレを先駆けて実践。攻撃力に磨きをかけ、全員がフルスイングを行う強力打線を作り上げる。1982年夏の選手権、1983年春のセンバツと夏春連覇を達成した。そのときの異名が「やまびこ打線」だった。やまびこのように途切れること無く打線が繋がることからこの名前が付いたものだ。
「やまびこ打線」は甲子園を震撼させ、1983年夏の選手権大会で夏春夏の3連覇を目指す。しかし、準決勝でPL学園高校に敗退。そのPL学園の中心選手が「KKコンビ」と呼ばれる桑田真澄選手(元巨人)、清原和博選手(元オリックス)だった。 「やまびこ打線」は「KKコンビ」によって打ち破られたのだった。

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