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イチロー選手や工藤公康氏を輩出!愛工大名電高校野球部の歴史

2017 3/29 18:30出井章博
野球
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前年の雪辱を果たす。2005年の春のセンバツで初の栄冠に輝く

前年の春のセンバツの雪辱を果たしたい愛工大名電は、この年も小技と機動力に優れたチーム。さらに、この年のチームは打線も活発だった。4番に座るのは、中日ドラゴンズに後にドラフト1位指名される2年生の堂上直倫選手だ。愛工大名電は、1回戦で大阪の大産大府を2対0で倒すと、2回戦山口の宇部商戦も2対0。
準々決勝は奈良の強豪天理だったが、5対2で退けた。準決勝は兵庫県の神戸国際大府で、この試合も8対6で打ち合いを制する。決勝は好投手で後の西武にドラフト1位で入団する野上亮磨擁する鹿児島県の神村学園。9対2で打線が爆発し甲子園初制覇を果たした。

無事これ名馬。工藤公康氏

愛工大名電高校が名古屋電機高校という名称だった頃のOBは工藤公康氏だ。
1981年の夏の甲子園では工藤公康氏の活躍でベスト4に輝いた。特にこの大会ですごかったのは、2回戦長崎県代表長崎西戦。工藤公康氏は史上18人目のノーヒットノーランを達成している。しかも、金属バットが採用されてからは初の快挙だ。西武ライオンズに入団した当初は伸び悩み、ケガもあったが、トレーニングや栄養学の勉強をし、ケガをしない選手に。
そして、移籍したダイエーホークス、読売ジャイアンツでも優勝したことから、優勝請負人とも呼ばれる。結局工藤公康氏は実働29年間で224勝をあげた。2015年からはソフトバンクホークスの監督に就任したが、初年度からチームを日本一に導いている。

愛工大名電の偉大なレジェンド。イチロー

愛工大名電の最も偉大なOBはイチロー選手だ。イチロー選手は愛工大名電では、2年はレフトで夏の甲子園出場。3年は投手で春のセンバツ高校野球に出場している。高校通算打率.501、通算本塁打19本。投げては140km/h代後半のスピードボールを投げ、2刀流も可能な選手だったが、交通事故で投手は断念している。
オリックスに入団すると、1994年に振り子打法で210安打を放ち、一気にブレイク。その年からメジャーに移籍するまで7年連続の首位打者を獲得している。2001年シアトルマリナーズに移籍すると、そこから10年連続200本以上の安打を放ち、日本の野球史に残るスーパースターだ。

まとめ

愛工大名電高校野球部の歴史を紹介した。愛工大名電名電は、強豪ひしめく愛知県において中京大中京、東邦、享栄と双璧をなす強豪校だ。OBにはイチロー選手や工藤公康氏といったレジェンドクラスもいる。これからも愛工大名電高校野球部から目が離せない。

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