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甲子園には毎年出場?高知県・明徳義塾高校野球部の歴史

2017 3/22 18:28hiiragi
野球
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Photo by mTaira/Shutterstock.com

野球王国高知県の甲子園常連校と言えば、明徳義塾高校だ。星稜高校戦での松井秀喜選手への5連続敬遠で、世間の注目も浴びた。2017年春の大会への出場も決まっている。ここでは明徳義塾高校の歴史や戦積、卒業生などについて紹介する。

甲子園初出場から34年で、春夏通算34回の出場

明徳義塾高校は設立が1976年(昭和51年)と比較的新しい学校だ。甲子園への初出場は、春が1982年、夏が1984年とほぼ同時期に成し遂げた。以降春の大会には16回、夏の大会には18回の出場がある。毎年どちらかの大会に出場している計算で、2016年は同時出場を果たした。
2017年春の大会への17回目の出場も決まっている。春はベスト4が2回、ベスト8が5回、夏は優勝1回、ベスト4が3回と成績も申し分ない。2016年夏の大会でもベスト4に進出した。

甲子園初出場で見せた箕島高校との好勝負

甲子園初出場となった、1982年第54回春の甲子園では、1回戦近畿代表滋賀県の瀬田工業に11-0で完勝すると、2回戦は同じ近畿代表和歌山県の箕島高校と対戦した。
試合は緊迫の投手戦となり、両チーム得点できないまま、延長に入る。延長13回表、明徳は2点を挙げ勝負あったと思われた。しかし箕島打線は粘りを見せ2点差を追いつく。延長14回表、またも明徳は1点を挙げ、今度こそと思わせた。
しかし、箕島の打線は素晴らしく、一挙2点を奪い逆転サヨナラを収める。3-4で敗れた明徳だったが、初出場とは思えない戦いだった。

社会問題にもなった5連続敬遠

3回目の出場となった第74回夏の甲子園、初戦の相手は石川県代表星稜高校だった。星稜の4番は超高校級の強打者松井秀喜選手だ。松井選手は春の甲子園にも出場して、2打席連続を含む3本のホームランを打っていた。
そんな松井選手に対して、明徳の馬淵史郎監督がとった作戦は全打席敬遠だった。選手たちに、苦労して出場した甲子園で、何とか一つ勝たせてあげたいと考えた末の作戦だった。結果は3-2で勝利を収める。
しかしセオリーを外れた敬遠策は賛否が相次ぎ、社会問題にまで発展してしまった。そして次の試合は中国代表広島工業に、全員安打を許し0-8といいところなく敗れてしまった。

森岡良介選手を擁し、夏の甲子園で初優勝

5年連続9回目の出場となった2002年第84回夏の甲子園で、念願の初優勝を果たした。1回戦2回戦を危なげなく勝ち進み、3回戦では茨城県代表常総学院と対戦する。この試合は小刻みな点の取り合いとなり8回表には2点を取られて4-6とリードを許す。
しかしその裏、沖田浩之選手、森岡良介選手の連続ホームランで一挙3点を取ってそのまま逃げ切った。この後は危ない試合もなく、決勝では智弁和歌山を7-2で下し優勝する。3回戦でホームランを打った森岡選手は、準決勝でもホームランを打っている。この年のドラフトで中日ドラゴンズに指名され入団した。

2016年の春夏同時出場から2017年春の甲子園へ

2016年第88回春の甲子園へは2年ぶり16回目、第98回夏の甲子園へは7年連続18回目の出場だった。春は残念ながら、1回戦で近畿代表龍谷大平安高校に1-7で敗れている。しかし夏は2回戦からの登場で、初戦鳥取県の境高校に7-2で勝利すると順調に勝ち進み、準決勝まで勝ち上がった。対戦相手は栃木県代表の作新学院だ。
この試合は序盤から小刻みに点を取られ、2-10で敗れベスト4で終わった。2017年選抜の参考となる四国大会には、高知県2位の資格で出場して優勝、2017年春の甲子園に選抜されている。

まとめ

高知県の甲子園常連校、明徳義塾高校野球部の甲子園での戦歴、名場面などを、卒業選手とともに紹介した。初出場からの年数と、出場回数がほぼ同じで高知県1強時代が来るのかもしれない。どんどん甲子園に出場して、好勝負、名場面を見せてほしい。