第4代表決定戦で4年ぶり6回目の本大会出場へ
最後の打者を打ち取ると、両手を突き上げて吠えた。
2019年6月6日、明治神宮野球場。第90回都市対抗野球東京2次予選第4代表決定戦。
東京都最後の1枠を決めるこの1戦に、中1日で臨んだ明治安田生命・大久保匠(おおくぼたくみ)は、6対0で迎えた9回裏、己の体に残っている最後の力を振り絞るように、もう一段ギアを上げた。
「調整というよりも気持ちの問題。『やるしかないな』って思いましたね。負けたら最後。そこで終わり。その後でゆっくり休めると思ったら自然と勇気が沸いてきたし、そこで頑張れたのもありました」
ストレートの球速は最終回を迎えても衰えることなく、むしろ上がり140キロ台のボールを連発した。
技術というよりもむしろ気迫。だからなのか、二死後、四球と中前安打で走者を二人溜め、ベンチから成島広男監督が飛び出すと、大久保は一瞬、複雑な表情を浮かべた。
「『ここで代えられたら困るわ』『美味しいところを他に持って行かせるなよ』と思って。ここは普通に『投げてえな』と思ったので…来ないでくれって感じでしたね(笑)」

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しかし、指揮官の発した言葉は、エースへの信頼を感じさせるものだった。
「ここでは代えないよ、代えないからしっかりやってくれ」
「ありがとうっす」
点差は6点、ここから何本ホームランを打たれても先に試合が終わるだろう。ある意味、開き直った。
そして、セガサミーの9番・砂川哲平をサードゴロに打ち取りこの日、27個目のアウトを奪うと、この4年間溜めてきた想いを、マウンドを降りながら、一気に爆発させた。
明治安田生命、4年ぶり6回目の本大会出場だ。
バッテリーに秘策「前回の対戦と逆のことを」
2日前に行なわれたNTT東日本との第2代表決定戦では9回138球を投げて完投するも、相手投手の大竹飛鳥がノーヒットノーランを達成し、1対0で屈していた。
「(前回は)ノーヒットノーランされたので、今度は完全試合しかないなと思ってマウンドに上がったんですけど…」
気合十分でセガサミーとの決戦のマウンドに上がるも、初回、先頭の本間諒にヒットを打たれ、あっさり途切れる。だが、ある意味、それも『らしさ』かなと、大久保は自分の心の中で笑った。
セガサミーとの第4代表決定戦で相手打線に打たれたヒットは全部で8本。それでも最後の一本は許さず見事な完封勝利。2試合計285球の熱投が実った。
セガサミーとの大一番を迎えるにあたって、明治安田生命のバッテリーには、ある策があった。
「前回の対戦と全く逆のことをやってみよう」
3月23日のJABA東京都企業春季大会の1回戦で対戦した前回の試合を復習して、キャッチャーの道端俊輔とこの日の投球プランを練った。
「昨年からセガサミーとは色んな大会で当たることが多くて、全部その試合は自分が投げているんですけど、その都度、やられていて…。今年の春企業もやられていましたし、何か(ピッチングを)変えたら今度は相手が狂いだすかなと思ったんです。そこで道端と話し合って、ちょっと変えた分、そこがハマった感じもあって、(1試合通して)自分のペースでも投げれたかなって思います」

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大久保といえば、フォーク、スライダー、カーブといった変化球を使った奥行きを活かすピッチングが上手い印象がある。そこから決定打を許さず、のらりくらりと相手打線を抑えて行く。そこが彼の持ち味だし、事実、前出の第2代表決定戦ではNTT東日本が、その投球スタイルに苦しめられた。
ただ、セガサミーとはこれまでのデータから相性の悪さが見て取れた。
キャッチャーの道端が言う。
「前回戦ったときの相手の感じと、その日使ったボールを参考にしながら、その逆のボールを使ってみようと考えました。『これだったら使えるかな』って常に天秤にかけながら(1試合)ずっと投げ続けた感じでしたね。それが上手くいきました」
試合ではストレートで相手の胸元をぐいぐい突いた。
道端がさらにこう話を続ける。
「たとえば根岸選手だったら、前回の対戦でカットとスライダーばかり使ったんですけど、今日はあえてインコースの真っ直ぐばかりを使って、そこから得意のカットボールは使わずにフォークを(決め球に)使ったりしました。今回はそこが活きたかなって感じです」
この試合、セガサミーの4番・根岸晃太郎は4打数0安打に封じられた。さらに3番・市根井隆成が4打数0安打、5番・政野寛明も4打数1安打。相手クリーンナップに仕事をさせず、相手の得点機をことごとく積んだことで、自ずと勝機がやって来た。
第2代表決定戦の敗戦からもヒント
この日は道端の判断も冴えた。
2日前の第2代表決定戦、ナイター慣れしていない中で臨んだこの試合で、明治安田生命は無安打無得点負けを喫していた。その経験を活かし、この日が‶ナイター初戦″になるセガサミーの配球を考えようとプランを練った。
自分達が苦しめられたストレートとフォークボールのコンビネーションを有効に、強気な配球をあえて心がけた。

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成島監督も、この代表決定戦になってからの戦いをこう振り返る。
「初戦(第2代表決定戦)はナイターという事もあったので、(試合前は)もちろんナイター練習もしてきたんですけど、ここ(神宮)でナイターをやるのが初めてという選手ばかりだったので、そういう意味で地に足がついていなかったと言いますか、浮足立っていたところもありました。その中で、昨日(JR東日本との第3代表決定戦)も入れて、今日で3試合目。良い練習が出来たんじゃないでしょうか」
大久保、大久保、雨、大久保で…
昨年は、東京都から前年度優勝のNTT東日本を含む5つの企業が本戦へコマを進める中、明治安田生命だけ企業チームで予選敗退する屈辱を味わった。
それだけに自社で4年ぶりに出場する本大会への想いは強い。
初戦は大会6日目(7月18日)の第3試合、相手はホンダ熊本に決まった。
大久保は言う。
「一番は見ている人、観客とうちの職員のみなさんに感動してもらえるような戦いをしたいです。自分が投げれば、それが出来ると思っているので、一番はそこを見てもらいたいです」
今回のセガサミー戦でも見せた気迫溢れる投球を再び本大会で見せることを誓った。

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大久保が話を続ける。
「まずは1勝です。東京ドームになってから明治安田生命ではまだ1勝もしていないので」
その瞳に闘志が宿った。
大会の開催期間は全部で13日、6日目に初戦を迎える明治安田生命は中1日のペースで準決勝までをこなし、決勝は連戦になる厳しい日程となっている。大久保は覚悟は決まっているとばかりに、こう言う。
「大久保、大久保、雨、大久保で…いくらでも投げようかなって思っています」
さすがに屋根のある東京ドーム開催だけに雨は関係ないと思うのだが、その意気込みは買いたい。鉄腕がチームの歴史を作る、変える。その瞬間を期待したい。