号砲への反応は8人中7番目
大会直前に9秒97の日本新記録をマークしたサニブラウン・ハキーム(フロリダ大)、9秒98の前日本記録を持つ桐生祥秀(日本生命)、10秒04の自己ベストを持つ小池祐貴(住友電工)、リオデジャネイロ五輪男子400メートルリレー銀メダリストのケンブリッジ飛鳥(ナイキ)。陸上の日本選手権男子100メートルは、まれに見るハイレベルなスプリンターが顔をそろえた。陸上では珍しく会場はほぼ満員。その中で、次元の違う力を見せつけたのは、20歳のサニブラウンだった。
サニブラウンの号砲への反応は0秒153。決勝の8人の中では2番目に遅い。一番速い桐生とは0秒024の差だった。しかし、そんなものはハンデにもならない。188センチの体軀をいかした抜群のストライドで、40メートル付近で桐生を抜き去る。その後はサニブラウンの独壇場だった。
向かい風の日本最高記録
記録は10秒02。向かい風0.3メートルと条件に恵まれず、期待された9秒台はならなかったが、向かい風の日本最高記録だった。2位の桐生に0秒14、距離にして約1.4メートルの差をつける圧勝だったが、少し複雑な表情を浮かべた。
「なんともいえないタイム。あと0秒03(で9秒台)だったので、もうちょっとスタートをちゃんと出ていれば、という感じはあるが、まあ、優勝できたのでよかったかなと思う」
勝ってなお不満という感じである。
9秒台には秒速11.6mが必要
サニブラウンが9秒97をマークしたのは米国での大会だった。日本でようやくその走りを目の当たりにした陸上関係者の感嘆の言葉は、おおよそ次の二つだった。
「モノが違う」
「次元が違う」
その言葉の裏付けは、サニブラウンの最高速度にある。
100メートルはゴールに向けてどんどん加速していくように見えるが、実際は50~60メートル辺りで最も速くなる。その時にどれだけスピードを高められるかがタイムに直結する。
日本陸連科学委員会の分析によると、決勝でのサニブラウンの最高速度は50~60メートルで記録された。スピードは秒速11.57メートル。9秒台に必要とされる秒速11.6メートルにはわずかに及ばなかったが、桐生の秒速11.38メートルを大きく上回った。このスピードの差が、見た目の爆発力の差につながっている。ちなみに、この時のサニブラウンのストライドは2.51メートルで、桐生が2.29メートル。この差もサニブラウンの走りが、「モノが違う」と思わせる要因になっている。

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何より、スタートで先行した桐生を、いとも簡単に抜くという姿が衝撃だった。日本のスプリント界を牽引する桐生が、スタートで出遅れたり、力を出し切らなかったりして負けることは多々あったが、しっかり加速して、それでも後ろから日本の選手に抜かれるということはほとんどなかった。それだけ、2人の力が違う、ということだった。
サニブラウンのコメントからも、自負がうかがわれる。
「米国でもっと速い選手たちと走ってきて、ここで自分の強さを見せられないようじゃ意味がないと思っていた」
もともと、9秒台、日本記録更新は通過点だと思ってきた。スプリントの本場米国で修行を積むサニブラウンの視線は常に世界にあるのだ。
負けを認めた桐生の成長ぶり
逆に、日本選手に後ろから抜かれるという悔しさを味わった桐生だが、むしろよく2位に入ったというべきかもしれない。
これまでの桐生は、ここ一番、特に日本選手権のように予選、準決勝、決勝があるような「ラウンドを踏む」大会に弱い傾向があったからだ。
競り合うと硬くなる。そして、負けることが分かると、第一人者のプライドからか、力を出し切らずに終わってしまう。2年前の日本選手権が顕著だった。4位に終わって世界選手権代表を逃し、涙を流した。
今回の日本選手権では、関係者にその悪夢がよぎった。準決勝では小池に負けそうになると、追うのを辞めた。決勝を走るまでに、走りの「ギア」を上げきらなかったことが、どう響くかと思われた。
結果は先述した通り。桐生は負けても、自分の力を出し切った。抜き去られる屈辱は味わいつつも、レース後のコメントと表情はどこかすっきりとしていた。
「力が足りていなかった」
この言葉にこそ、今年で24歳になる桐生の成長がうかがわれる。しっかりと、力の違いを受け止めている。その精神力が、ちゃんと2位でフィニッシュした結果につながっている。
現時点でサニブラウンが頭一つ抜けた存在になったのは間違いない。ただ、負けん気の強い桐生である。このまま黙ってはいないだろう。そこに、3位の小池、今回はケガで欠場した山県亮太(セイコー)が絡んでいく。やはり、陸上の花形、男子100メートルは面白い。
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